1
ここ最近、全然うまく事が進まない。エルフリートは悩んでいた。ロスヴィータには怒られる事が多いし、やる事は終わらないし、変な案件に巻き込まれるし。
ロスヴィータに怒られるのは、エルフリートの自業自得な部分が大きい。これは仕方がない。やる事、というのは騎士学校の件である。設立したてなのだから、しばらくどたばたとした慌ただしい状況は続くだろう。これも仕方がない。
変な案件とは、意図の不明な不法侵入および破壊行為の件だ。その実行人は依頼通りに動いているだけだと言う。しかも、今も依頼通りに動いているらしい。
この意味の分からない事件の黒幕を見つけるのが課題なのだが、怪しいと思うようになってきた“被害者になりそこねた”劇団員二名を調べる内に、劇団自体が怪しくなってしまった。
この話、個人的なレベルだったらそんなに問題はないけど、これが組織的なものだったら大問題なんだよね。国家反逆を企てる芽かもしれないんだもん。
エルフリートはベッドの中で、ここ数日の出来事を反芻していた。ロスヴィータへのほうれんそう、ちゃんとがんばる。騎士学校は、ロスヴィータと一緒にがんばる。
ジェレマイアの件は……肉体労働だけ、がんばろうかな。
「ルッカも、マリンもいて、心強いしぃ……ん」
次期辺境泊であるからして、エルフリートも勉強はしている。だが、そんなに好きではない。戦略を練る方は好きだが、推理などは苦手なのだ。むしろ、捕まえる方が得意である。
この件は、捕り物の時以外は静かにしていよう。そんな事を考えながら、エルフリートの思考はゆっくりと沈んでいくのだった。
ロスヴィータと騎士学校の仕事を一緒に行うようになってから、エルフリートはしっかりと睡眠時間を確保する事ができるようになっていた。おかげで、苦手な思考も少しはっきりしている。
何よりも、大好きな王子様であるロスヴィータと共にいる時間が増え、精神的な充足感は上がりっぱなしであった。
「ロス」
エルフリートの声かけに、彼女が振り向いた。馬のしっぽのように美しい太陽のような髪が煌めきながら揺れる。
「フリーデ」
さらりとした髪の動きを目で追いかけながら、エルフリートは足を止める。
「ジェレマイアの件だが、もし黒幕が愉快犯なのだとしたら、振り回されている様を目の前で見たがるだろう。そこで、私たちは一つ彼らが望んでいるだろう姿を見せてやろうと思う」
「……つまり、罠を仕掛けるって事?」
ことりと頭を小さく倒すと、彼女は力強く頷いた。
意志の強い目がエルフリートをしっかりと捕らえる。
「あの二人に、手助けを求めよう」
ロスヴィータの考えが、エルフリートにも何となく分かった。こちらから特等席を用意してやれば、調子に乗ってしっぽを出すかもしれないと考えているのだ。
変な情報を掴まされていっそう混乱させられる可能性はあるものの、最初から疑って動く分には問題ないだろう。それに、これでもエルフリートたちはエリート騎士である。何かが起きたとしても、じゅうぶん対応できるはずだ。
「フリーデには、少し難しい役をこなしてもらう事になるが……構わないか?」
「大丈夫っ!」
「よし。では打ち合わせだ」
役って何だろう。楽しい役だったら良いなぁ。エルフリートは、楽しそうな展開を思い浮かべながらふふ、と笑う。道化かな。どんな顔をしようか。ロスヴィータから具体的な話を聞くまではそんな事を考えていた。
結局。エルフリートが聞かされた策は、彼の想像と違っていた。
「思ったより、とても普通」
今回の作戦を実行するメンバーが集まっている。その中には魔法師団の預かりになっているルッカもいた。不満げなエルフリートにロスヴィータが小さく笑う。
エルフリートが彼女の予想通りの反応をしたのだろう。
「不自然なのは駄目だろう。だから、これくらいで良いんだ。アイマルはどう思う?」
ロスヴィータが話をアイマルに振ったのは理由がある。彼はガラナイツ国の魔法騎士だった。それも、第二魔法騎士団の副団長である。隣国に攻め込む時には必ず投入されるという実力者集団をまとめていた人間の一人という事だ。
今はブライスの管理下に置かれておとなしくしているようだが、昔はブライスのような騎士を管理する側だった。当然、作戦の指示もしていただろう。
この経歴を持つからこそ、ロスヴィータが話を振ったのだ。
「相手もそこそこ警戒はしているだろうからな。彼らはいわば、追跡者を探す人間をこっそりと見張っている状態だ。本当に黒幕なのであれば、ある程度準備している可能性もある」
「ありがとう。確かに、今のところの我々の動きが、彼らの予想通りであれば……かなり難しい相手だ。おそらく我々の今後の動きも予測の一つとして考えにあるかもしれない」
なんだかとっても面倒だなぁ。エルフリートはそんな事を思ったが、今回は口に出さなかった。
「彼らに踊らされている自覚をもって、自然な演技をするって事だね!」
「まあ、それしかないな」
不満を封印してエルフリートがそう言えば、アイマルは小さく頷いた。
2025.1.9 一部加筆修正




