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疲れが溜まっているのが表に出てて、余計に似合っているみたい。格好いいと思う反面、健康的じゃないからダメだと思うエルフリートであった。
他愛もない雑談をいくつかしていると、あっという間に上演時間になった。初演という事だからか、メジャーな物語が演目になっている。今回は建国物語だった。
これは建国王――つまり、ロスヴィータの遠い先祖――の話である。
昔、この土地がほとんど自然であった頃。人間の数が少なく、今で言うところの領内ですら、ほとんどの人間が自分の村や町を超えて知り合う事なく過ごしていた頃の話である。
小さな集落がぽつぽつと存在しているだけのこの土地は、人間は少ないものの、それなりに豊かだった。豊かというのは、金銭的なものではない。食べるものに事欠かないという意味である。
そのひとつ、未来の建国王が長を務める集落も同じであった。彼らの集落は馬や羊とともに生活していた。いつもと変わらぬ日常を送っていたある日、災厄が訪れるのだ。
よく知る内容の物語だが、この劇団はうまかった。飽きさせぬよう、いくつもの仕掛けを使い、観客を引き込んだ。役者の演技もさることながら、魔法まで使った演出がにくい。
相当な練習の積み重ねであった事は、想像に難くなかった。
「はぁ……すごいな」
ロスヴィータが感嘆の声を漏らす。彼女は身を乗り出す勢いで舞台に夢中になっていた。今は建国王とグリフォンの出会いのシーンである。豊かな土地を求めて侵略行為を始めたガラナイツ王国の祖先に襲われ、あなや、という緊迫した空気の中、突如グリフォンが現れるのだ。
どういう事かグリフォンは建国王を守り、襲撃者を撃退する。これには深い訳があったのだった――というストーリーであった。
「建国王マリオンと妻ウィルモットの話だけで何編もできてしまう。建国記はエピソードも多いからな、どれを使うかだけでも楽しみだ」
休憩時間になって場内がわずかに明るくなるなりロスヴィータが口を開いた。末端ながら王位継承権を持つ彼女だ。真面目なロスヴィータの事だから、きっとそらんじる事ができるように建国記を穴のあくほど読み込んだに違いない。
エルフリートは、ロスヴィータが生き生きと己の先祖の姿を語る姿に、嬉しくなる。ロスヴィータの口から、国王一族の話はあまり出ない。
だからこそ、彼女が先祖の事を大切に思っている事が知れて嬉しかったのだ。
「ロスが好きなシーンは?」
エルフリートの問いかけに、ロスヴィータの顔がぱっと輝きを増す。ううっ、まぶしっ。
「私はマリオンとグリフォンの友情を描いた“次なる道へ”だな。あまり有名ではないのだが、な。最初、グリフォンとの絆は、ウィルモットとの間でだけ築かれている。
実のところ、グリフォンはウィルモットの頼みだからと力を貸しているだけなのだ。グリフォンがマリオンを認めるには、いくつかの試練がある。それらを乗り越えていく話が“次なる道へ”なのだ。
私は、その試練の数々が好きなんだ」
ロスヴィータは遠くを見つめながら語る。
試練の詳細とか、知っていたら絶対話が盛り上がったのにぃぃ! 建国記について専門的に勉強をしていなかったエルフリートは、自分の不勉強さを呪った。
「試練って、どんなのだったの?」
知らなくとも、話を聞き出す事はできる。エルフリートは諦めなかった。話に乗ってきた彼に、水分で唇を湿らせたロスヴィータが答える。
「遺跡の探索では臨機応変さを、盗賊に襲撃された村では正義感を、争いの耐えない村では公正さを。他にもあるぞ。
魅力的な異性や同性から声をかけられても妻を第一とする一途さだとか、まとまりの悪い村をとりまとめて発展させる統率力や企画力、そういうのもある。あと……」
ロスヴィータは本当に“次なる道へ”が好きなのだろう。エルフリートがロスヴィータの語りに相槌を打ち続けている内に、音楽が始まった。
「あっ、もう休憩時間が終わるみたい」
「そうだな」
少し残念そうな声色で反応したロスヴィータは、しかし演劇も楽しみらしくさっさと姿勢を正してしまう。ついさきほどまで、きらきらと輝かせていた目はもうエルフリートを映していない。遠くの舞台をうっすらと反射させいていた。
一瞬の内に彼女の興味を奪っていった劇に嫉妬心を覚えつつ、エルフリートも意識を舞台に奪われていくのだった。
始まった劇には休憩時間にロスヴィータが触れた、ウィルモットとグリフォンの信頼関係の話が描かれていた。グリフォンは過去、弱っていた時にウィルモットの手当てを受けた事があったのだ。
その恩返しがマリオンの救援であったという説明のエピソードでもあった。
ロスヴィータが好きだと言っていた“次なる道へ”は入っていなかった。時系列は飛び、マリオンとグリフォンとの信頼関係が築けてからの話になっていた。
2024.12.9 一部加筆修正