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偽物だと分かったところで、何かが変わるわけではない。ロスヴィータはどうしたものかと思う。
「マディソン団長」
「どうした、ルッカ」
ロスヴィータに向け、自分から声をかけてきたはずの彼女は少しだけ言いにくそうにしていた。何でも提案するように、とあえて付け加えると、ようやく彼女は口を開いた。
「よけい事態の収拾がつかなくなる可能性はありますが、この際です。劇団員全員の追跡調査をしてはいかがかと」
「全員……」
「身分を詐称した集団かもしれないという事か」
全員分の調査を行う面倒さにロスヴィータが絶句するそばで、ブライスがなるほど、と頷いた。確かに、やる意味はあるかもしれないが……。
「その通りです。ただ、身分の詐称をしているからといって、犯罪者とくくって良いわけではありませんから、扱いが難しいところです」
「だよなぁ。っていうか、貴族がそれで良しとして、役所に提出しているわけだからな。これが、知らずして――っていうなら話は別だが、このあたりの判断はかなり難しい」
ブライスの言う事はもっともだ。身分の詐称を手助けしているのが貴族であれば、合法である。また、納税もしっかりとしているのだから、批判される謂われはないと言われてしまえばそれまでである。
貴族の誰かと入れ替わったから罪、にはならないのはこの国のおおらかなところであるが、今回に限って言うならば、面倒な仕組みにしてくれたと文句を言ってやりたいところだった。
ちなみに、王位継承権を持つ人間および、王位継承権を持つ人間を産んだ一族だけは、入れ替わりが罪とされている。ロスヴィータは誰かと入れ替わる事はできない。身代わり、までは許されるが、別人がロスヴィータとしてその人生を生きる事はできないのだ。
だからこそ、ロスヴィータは王位継承権を持つ人間の一人として、たとえ末端であろうとも王族として恥じぬ生き様を見せたいと思っている。異性装は……王族公認だから問題ない。
ドレスだって着る事もあるし。
「ロス?」
「……あ、ああ、少し今後の事を考えていた」
エルフリートに話しかけられ、完全に脱線していた思考が止まる。
「一人二人、入れ替わりの貴族がいてもまあ、ありそうな話で終わるが、全員がそうだったら裏に何かあると疑われても仕方ねぇよな」
「むしろよく、そういう人材だけを集められたなと聞いてみたいくらいだ」
「……順番が逆だったら、かなり恐ろしいですね」
ルッカの呟きに、全員の動きが止まる。
静まりかえった室内に、彼女の声だけが響く。
「貴族と入れ替わった人間だけを募るのはかなり難易度が高いです。それよりも、何らかの目的をもって、一つの集団がそれぞれ貴族のポジションに入り込む方が簡単だと思いませんか?」
「目的の内容によっては、最重要案件じゃねぇか」
一様に、長い溜め息を吐いた。
「……責任感のない事、言っても良い?」
そろりと手を挙げたエルフリートに、全員が頷いた。
「追及の手を緩めたりする気はないんだけどね。……もう、関わりたくないなって、思っちゃった。ごめん」
全員、その言葉を批判する事はできなかった。
「まあ、否定はしねぇな」
「……これが、逃げられる案件だったら良かったのだが、厳しいだろうな」
そう、エルフリートに同意をにじませるのは男性陣。
「上へ任せるにしても、もう少し情報がないとな」
「すみません、私が気付いてしまったばかりに」
比較的前向きな反応をしたのが女性陣。
全員分かってはいるのだ。かなり面倒な作業だが、それ以上に、国家の安全の為にしないという選択肢は存在しないのだという事を。
そして、今回の件を詳らかにするのが騎士である自分たちの役割であり、誇りであるという事を。
「可能性が少しでもある限り、全部確認した方が良いな。資料の収集と内容確認は俺の部下にやらせよう。あいつらなら喜んでやってくれるさ」
ブライスがこの空気を断ち切るように笑う。
「後で何か大事でもあれば、それこそ目も当てられないしな。これがその序章であるという可能性は大いにある」
「……そうだよね。みんなを守る事に繋がるなら、これくらいでへとへとになってなんかいられないもんね」
エルフリートはそんなにまだ活躍していないと思うが。ロスヴィータはそんな感想を飲み込んだ。事情はよくわからないが、ここしばらくのエルフリートはどうにも調子がよろしくない。
体調もそうだが、思考力に難がある。何か悩みでもあるのかもしれないとは思うものの、なかなか聞き出せずにいた。
「じゃあ、私は何をしようかなぁー」
「フリーデは、私と共に上へ報告だ」
ロスヴィータの言葉に彼は顔色を変える。ころころと表情が変わるあたりは普段通りなのだが、どうにもひっかかる。
「うぅ、堅苦しいの苦手なのにぃ」
ロスヴィータは小さく笑ってエルフリートのわざとらしい嘆きを無視し、移動を促すのだった。
2025.1.6 一部加筆修正




