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妖精と王子様のへんてこチャチャチャ(へんてこワルツ4)  作者: 魚野れん
同時進行は困難ばかり

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2

 己の状態を念入りに確認し終えたエルフリートは、さっそくロスヴィータの部屋の扉を叩いた。軽い音に凛とした声が返ってくる。


「もう時間か」

「うん」


 扉から現れたのは、見事なまでに決まった男装姿のロスヴィータであった。


「フリーデは今夜も可憐だな。似合っている――と言いたいところだが、すべてがそのコートに隠れてしまっていて残念だ」

「えへへ、コートの中は、劇場についてからのお楽しみだよ。ロス、いつになく輝いて見えるよ。かっこいい」

「ありがとう、あなたの魅力に釣り合うようにと張り切った甲斐があったよ」


 知らぬ人間が見たならば、熱愛中の恋人同士だと思っただろう。二人を知る騎士であれば、異性装好きの二人が互いを褒め合っているだけだと思っただろう。

 そして、二人の本当の関係を知る数少ない人間は、どさくさに紛れて交際相手と愛を語らっている姿だと思うに違いない。


 しかし、である。二人は別に世辞を言い合っているわけでもなく、本気である。本当の性別を知っている人間ですら、これが本当に異性装であるのかと首を傾げたくなるらしいのだが。

 エルフリートに猛アタックしてきたブライスが、性別の事を知った後も時折切なそうに見つめてくる。エルフリートはそんな男に対して申し訳ないと思うと同時に、己を大切に思ってくれるブライスを得難い友人だと思っていた。

 彼の事情はともかく、二人の異性装は今日も完璧だった。


「さあ、遅れないように行こうか」

「うん」


 エルフリートはロスヴィータの声かけに頷き、差し出された腕に手を添えるのだった。




 エルフリートとロスヴィータは目立つ。それは女性騎士団の宣伝という意味ではとても都合が良く、しかし二人がゆっくりとしていたい時にはやっかいな事でもあった。

 落ち着かないなぁ。エルフリートは内心苦笑する。劇場に辿り着いた二人は、女性たちに囲まれてしまっていた。


「お二人とも、この劇団にご興味がおありですの?」

「まあ、わたくしどもも、同じですのよ!」


 きゃぁきゃぁと、鈴を転がすような声があちこちから上がる。好かれる事は、本当に良い事なのだが、エルフリートにも囲まれたい時と囲まれたくない時がある。今は後者だ。


 エルフリートと同じくロスヴィータも彼女たちに愛想を振りまいているが、その表情は女性騎士団の団長として挨拶をする時のものとほとんど変わらない。

 つまり、ロスヴィータも半ば義務的に対応しているという事が察せられた。

 そろそろ移動しないと、間に合わないし、いちいちつきあっていても仕方ないよね。エルフリートはちょっとしたたくらみを思いつく。


「ロス。そろそろ時間だよ」


 エルフリートは慌てたそぶりでロスに耳打ちする。嘘ではない。きゃあっと黄色い悲鳴が上がった。

 うん。女の子ってこういうの、好きだよねぇ。内心で、思ったような反応がかえってきた事に満足する。


「お嬢様方、申し訳ないが我々は次の上演回で席を取っているんだ。時間がきてしまったから、行かせてもらうよ」


 ロスヴィータがひときわよく響く声で告げた。彼女は叫んだわけではないのに、周囲がしんと静まりかえる。ロスヴィータのカリスマ性って、本当にすごい。


「ええ、楽しんでいらしてくださいませ」

「是非ご感想をお聞かせ願いますわ」

「あっ、わたくしも同じ回の上演を観る予定ですの。わたくしも席に向かわなければ!」


 数秒の後、我に返ったご令嬢が次々にロスヴィータの発言を肯定する声を上げていく。


「ありがとう」


 ロスヴィータの返事を合図に、二人の進行方向に道が開けた。魔法でも使ったのではないかと思うほど、綺麗に二手に分かれた貴族女性の間を、エルフリートとロスヴィータはにこやかに手を振りながら通る。


「みな、ありがとう。楽しんでくるよ」

「ありがとうねぇー」


 目立つにもほどがある。少しだけエルフリートはそんな事を思いながら、歩きやすくなった道を進むのだった。




「バルコニー席は、静かで良いな」


 そう小さく笑うロスヴィータは階下のざわめきを見つめている。エルフリートはマナーに則って、知らぬふりで別のバルコニー席の貴族たちの姿を視界の隅に納めながら口を開く。

 向こうもそうしているから、お互い様だ。


「エントランスで囲まれるとは思わなかったよねぇ」


 幕が上がるまでの間に食事をとっておこうとしている夫婦や、未来の淑女をつれて団らんする家族、初デートなのだろうか、落ち着かない雰囲気の二人組、様々な姿が見える。

 そして階下の通常座席には、友人たちと連れ立ってやってきたのだろうと思われるグループや、普通の家族連れなどが、わいわいと楽しそうにしている。


「フリーデはコートで目立たない姿をしていたのだから、あれは私のせいだな」

「ロスはいつも目立つよ。輝いているもん」


 エルフリートが笑えば、ロスヴィータが視線を向けてきた。


「今の私は、完全にあなたの添え物だがな。ずいぶん可憐な妖精が目の前に現れたものだ」


 にやりと口元を歪ませて言う彼女は、ちょっと悪い王子様だった。

2024.12.9 一部加筆修正

2024.12.17 一部修正

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