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ロスヴィータも、どちらかと言えばエルフリートと同じ考えである。
「そんな事で、こんな面倒な方法を取るなんて、よほどの暇人か変人なんじゃない?」
「いや、せっぱ詰まった人間ならば、何もおかしな事ではないだろう」
二人は険悪そのものといった顔つきで睨み合い始めた。
エルフリート対アイマルといった雰囲気になり、ブライスが困惑の表情を浮かべている。ロスヴィータの気持ちと彼の気持ちはおそらく同じ方向を向いているに違いない。
「可能性を出し合って、全て検証すれば良いだろう? 良く言うではないか。自分が思いつく事は、他の誰かも思いつく――と」
ロスヴィータが口を挟むと、二人ははっとしたようにこちらに顔を向け、それからばつが悪そうに視線を逸らした。
急に険悪になったのには驚いたが、二人が比較的冷静で助かった。ロスヴィータは三人を順番に見回しながら口を開く。
「さあ、思いつくものを出してくれ。否定するのはなしだ。手間はかかるが平等に確認する。手がかりがほとんどない今、できるのはそれくらいだからな」
エルフリートもアイマルも気持ちを切り替えたのか、いがみ合うような態度を潜めて話し合いに戻るのだった。
どうしようかと思う一瞬を経て、打ち合わせが終わる。あれからいくつかの案が出てきた。それを全て検証していくには、さすがに人手が必要だった。
「本件の捜査をするにあたり、人員を募ろうと思う。もし、候補がいれば教えてほしい」
ロスヴィータの言葉にブライスが手を挙げた。
「今、魔獣被害が落ち着いているから、俺の隊なら使い放題だ」
「ああ、冬だからか……」
ロスヴィータは軽く頷いた。
「訓練と通常業務で実践がねぇから退屈してるんだ。ちょうど良いだろ」
冬に出没する魔獣は少ない。
アララット山を含む山の魔獣は冬に活発化はしても、町まではほとんど降りてこないのだ。以前雪山に向かったのだって、アルフレッドのわがままがあったからである。
それさえなければ、出動せずに済んだだろう。そういうわけで、魔獣の対応や遊撃部隊として動けるように訓練を重ねている彼らからすれば、冬は退屈な季節でもあった。
「問題がなければ、俺の隊を導入しよう。何でもこなせるように一通りはできるように仕上げてるから、不安もねぇし」
ブライスの好意に甘えよう。ロスヴィータは頷いた。
「それはありがたい。各隊長方に頭を下げて回ると時間がかかるからな」
「おし。じゃあ、召集するから、手続きだけ頼むぜ」
さっと立ち上がるブライスの後を、アイマルが続く。従順な補佐役のような動きに、少しだけ感慨深い気持ちになるロスヴィータであった。
部屋に残されたエルフリートとロスヴィータは手続きを進めるべく執務室へ戻る。
「フリーデ」
「なぁに?」
「珍しかったな」
「え?」
エルフリートはきょとんとしている。ロスヴィータは不本意ながら、アイマルとの事だとつけ足した。
「ああ、えっと、その……何か、私もよく分からないの」
彼は申請用紙をロスヴィータに渡しながら、ゆっくりとその時の事を振り返る。
「アイマルからすごい敵意を感じてね。私の方はつられちゃったみたいな。急に、かっとしちゃったの」
本当に、何でだろう。エルフリートはそう口を尖らせる。その唇を思わずつまみ、ロスヴィータは答えた。
「次は気をつけろよ」
「んぷっ」
慌てて身を引き、唇を両手で隠す仕草が小動物のようで可愛らしい。その微笑ましさに小さく笑えば、彼は恨めしそうに睨んでくる。
「私もよくは分からないが、どうにもアイマルがブライスに執着しているように見えたからな……我々が彼と揉めれば、彼の立場が悪くなる」
エルフリートが顔を引き締める。彼もロスヴィータが意図する事を理解したようだ。
「そうだね。特に人前では気をつけるよ」
「そうしてくれ」
アイマルの立場は不安定だ。アイマルを肯定する人間が彼と揉めれば、外野がとやかく口出す隙を与える事になる。「彼は敵国の人間だと言っただろう。だから嫌だったんだ」などと直接ロスヴィータに言ってくる人間はいないが、そういう感情を盛り上げる一因になりかねない。
侵略国唯一の捕虜である。そして交渉の上でグリュップ王国の騎士となった特殊な経歴もある。
大臣たちは彼がどういう状況で捕虜になったのか知っている。彼がいつ牙を剥くか、恐ろしいと思うのも仕方のない事だ。
彼がそういう事をするような人物ではないと、少なくともロスヴィータやエルフリート、そしてブライスは信じているものの、そういう人間は少数である。
圧倒的にアイマルの立場は弱いのである。
「こんな事を言われるのは彼も不本意だろうが、アイマルを守れるのは我々だけだ」
「分かってるよ。こちら側に引き入れた私に責任があるんだもん。彼の幸せは、私がロスと一緒に背負わなきゃ」
自分勝手な気持ちだが、エルフリートが一緒に背負うと言ってくれた事が嬉しい。ロスヴィータは書類にサインをして立ち上がる。
「さ、アイマルの幸せと、この国の平和の為に動こうか」
「うんっ!」
エルフリートの長い三つ編みがはしゃぐ馬のように踊った。
2025.1.1 一部加筆修正




