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ブライスとアイマルに見張りを頼んだエルフリートたちは、穏やかな朝を迎えてすっきりした顔で詰め所へ向かう。制服に身を包んで馬に乗る姿は、昨晩ふらふらとしていた人間には見えないだろう。
エルフリートはいつもよりもきっちりと髪を結い、兜をかぶる時のようにまとめ上げている。その気合いの入れようにはさすがのロスヴィータも苦笑していた。
「また無理をしてひっくり返るんじゃないだろうな?」
「大丈夫だもん」
エルフリートは自信満々といった風にうそぶいた。
「私に退場を言い渡されないようにな」
「ちゃんと眠ったから大丈夫だもん。朝ご飯だっていっぱい食べたし!」
ロスヴィータまで呆れるくらいの量を食べていた。
エルフリートが「お肉がもっと欲しいなっ!」と盛りつけ中の料理人に追加注文をした時には、周囲も引いたほどだ。
それもそのはず、既にエルフリートの胃袋には男三人前くらいの食事が納まっていたのだから。
残すんじゃないだろうな、という疑いの視線と、食べきれるのだろうか、と心配する視線を浴びながら食べるのはどうにもくすぐったかったが、エルフリートは無事に完食したのだった。
「おう、お二人さん。早いじゃねぇか」
「おはよう。ロッソの仕事上がりには間に合わせたくてな」
「うんうん。お礼が言いたかったの。ありがとう」
眠そうに眉間を揉むロッソへ挨拶する。そのまま二人は拳の側面をこつんと合わせる騎士特有の挨拶をそれぞれ交わし、彼を見送った。
当然ながら、昼の方が夜よりも人員が多い。エルフリートとロスヴィータの二人は同僚騎士たちに挨拶をしながら牢へ向かう。牢の前には、軽く目を閉じ座るアイマルと、片手を上げてこちらに挨拶してくるブライスの姿があった。
「よう。ちゃんと休めたか?」
「うん。おかげさまでぐっすり。囚人も眠ってる?」
一定の速度で塊の上部が上下する様子を見ながら、エルフリートは聞いた。見た目はあまり良くないが、逃亡を防ぎつつ人権を守るという目的は無事に果たされているように見えた。
我ながら良い仕事したなぁ。
「一度目を覚ましやがったから二度寝してもらったぜ」
ブライスが「やったのはアイマルだがな」と続け、彼の優秀さを褒める。やっぱり、なんだか二人の仲がすごく良くなってる。
「うぅん、効きが甘かったかぁ……やっぱり昨日はあんまり調子が良くなかったみたい」
二人の親密度よりも、エルフリートの魔法の効きが甘かった方が問題だ。
エルフリートはそれだけ自分の状態が良くなかったのだと反省する。今日から気をつけよう。そうしないと、遠くない将来に絶対失敗する。失敗できない状況での失敗は、大きな損失を受けるという事である。
それだけは絶対に防がなければ。
「もう失敗しない」
「過信や慢心は禁物だ。まあ……つまり、自分の状況を冷静に判断して行動しろって事だ」
「ありがとう」
エルフリートは少し伸びてきたブライスの髭をつんっとつつきながら礼を言う。無言でロスヴィータがその手を掴んで下げさせた。
「おま……っ」
無精髭をいじられるとは、さすがの彼も思ってもみなかったのだろう。珍しく顔を赤くして言葉に詰まってしまっている。
「フリーデ」
「ごめんね。何か……その、ブライスの無精髭がかわいかったから、つい出来心っていうか……」
ロスヴィータの冷たい視線がエルフリートを貫いた。蔑むようなその視線は初めてである。エルフリートは、良くない事であるとは分かっていたが、その視線に晒される事が嬉しくてたまらなかった。
エルフリートはつい満面の笑みを浮かべてしまいそうになる。さすがに叱られている最中の表情変化として、それはまずい。
「我々は騎士だが、淑女である事を忘れてはならない。それに、そういう行動は恋人関係以上でなければはしたなく映る。今は我々しかいないから良いが、絶対に、二度とするな」
「ご、ごめんなさい……」
ずいっと顔を寄せてきたロスヴィータに、エルフリートはのけぞった。そんなに怒る事なのかなぁ。そう思ったが、きっとこれはエルフリートが全面的に悪い。
ブライスはいまだに真っ赤だし、落ち着かないようでエルフリートにちょっかいを出された部分を擦っている。その内皮膚が破けてしまいそうだ。
「フリーデ、俺からも頼む。もう婚約者以外の男にはやらないでくれ」
「うん」
ブライスにまで言われてしまった。
過去を振り返れば、ブライスの恋愛感情の方向だとか、アイマルの好奇心の矛先だとかを周囲に指摘されてから気づいたり、ロスヴィータへの過剰な言動やブライスとの接し方などを注意されたりしていた。
エルフリートの他者との距離感には問題があり、その方向修正は完璧とは言い難いのだと、改めて認識する。
エルフリートはまだまだ勉強しなければならない事がたくさんあるようだ。
「男女間における常識は、これから学んでいこうな……」
「うう……」
ブライスが諦めたような溜め息にも似た笑いに、エルフリートはただ唸るしかなかった。
2024.12.29 一部加筆修正




