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「うぇっほん! 公共の場でいちゃつくのはやめてくれ!」
飲み物を用意してくれたロッソが戻ってきた。彼の大声にぎくりと肩を震わせた二人はばっと体を離し、それぞれロッソに謝罪する。
危ない、ロッソが声をかけてくれなかったらキスしちゃってたかもしれない。
「ごめんなさぁい!」
「はは、すまない。今後は気をつけよう」
気まずい空気を下手な笑顔で取り繕いながら、エルフリートはロッソから温かい飲み物の入ったカップを受け取るのだった。
カップの中身は香りの高い薬草茶だ。すん、と香りを嗅げば、緊張をほぐし、安眠を誘う効果のあるブレンドだと分かる。騎士団員がよく好んで飲む薬草茶の一つだった。
集中力を高めたり、緊張をほぐしたり、安眠効果があったり、といった効能の薬草茶が人気で、騎士が駐在する拠点のほとんどに置いてある。
個人持ち込みだったり、その拠点で買ったり、と違いはあるものの、多くの騎士に好かれている飲み物である事には違いない。
「ん、おいしい」
「蜂蜜を少し加えたんだ。少し甘みがある方がほっとするだろ?」
「うん。ありがとう」
「今年は豊作で余裕があるんだ。もっと飲みたければあるぞ」
機嫌良く言うロッソに、ずいぶんと太っ腹だなと思う。 貴族出身ではない彼にとって、蜂蜜は気前よくふるまえるものではないはずなんだけど。
エルフリートはほんのりと感じる甘みを楽しむ。上質な蜂蜜だ。より一層、疑問が強くなる。ロッソの実家は養鶏場で、養蜂場ではなかったと思うんだけどなぁ。
「ロッソの実家は養蜂場に鞍替えしたのか?」
同じ疑問を抱いたらしいロスヴィータが聞いた。ロスヴィータのカップからは安眠効果のある薬草の香りがしない。個別に用意してくれるなんて、すごく気が利いてる。
ロッソって、こんなに気が利く男だったんだなぁ。同じ当番になる事が少なかったから知らなかった。
「いんや、養蜂場は俺の嫁さんの実家」
「ああ、なるほど」
そういう事か。ロッソは既婚者だったっけ。
騎士の名前と出身地を把握するだけで手一杯だったエルフリートは得心した。騎士全員、そしてその家族の情報を記憶するのは、エルフリートにはできなかった。
決してエルフリートの記憶力が悪いという訳ではない。覚える優先度が低いだけだ。
「蜂蜜が好きだから、好いた女の家が養蜂場で幸運だったよ」
「好きなものが重なって得をしたな」
「そういう事」
ロッソはにやりと笑い、カップに口を付けた。きっと彼のカップの中身も別の飲み物に違いない。さすがに距離があるから匂いは嗅げないが、想像はつく。目覚まし系の薬草茶だ。
エルフリートを休ませ、ロスヴィータにもくつろがせようとするのであれば、ロッソはしっかりと起きていなければならない。
もちろん牢の監視役は別の騎士もするだろうが、それに甘えるような男ではなかった。
「もう少ししたら応援が来てくれるっていうから、安心して二人とも休めよ。不安なら、ここにいても良いし」
「応援って、誰が来るの?」
気がかりなのは気がかりだが、エルフリートは身繕いに気を使わなければならない身だ。ここにずっといるとなると、そちらのリスクも考えるしかない。
できる事ならば、この案件に集中したい。しかし男だとばれてしまえばそれ以前の問題になってしまう。
「ああ、ブライスとアイマルだ。二人が関わっているって言ったら快諾してくれたよ」
「それは頼もしい」
「ありがたいけど悪い事しちゃったかなぁ」
これ以上ない応援人員に、エルフリートに後ろめたい気持ちが生まれた。いろいろと事情を知っているブライスが気を遣ってくれたのだとしか思えなかった。
「いや、気にするな」
「フリーデがぶっ倒れたって聞いたぜ。ゆっくり休んでもらうなら、俺くらいの実力者が応援に行かねぇとな」
突然会話に割り込んできた二人は、今の話を聞いていたらしい。アイマルが柔らかな表情でエルフリートの発言を否定しながら休憩室に入ってきた。ブライスは少し尊大な態度だけど、彼なりの気遣いのはず。
二人とも、本当に急いでやってきたのだろう。私服姿だ。
「俺たちが監視役なら、安心だろう?」
ブライスがそう笑うと隣のアイマルが力強く頷いてみせる。
忙しくしていてあまりゆっくりと一緒にいる時間がとれずにいたが、その間に二人は相棒としてだいぶ距離を縮めたようだ。
エルフリートは彼らに自分が知らないエピソードを想像し、少しだけ嫉妬した。知らない内に友人が仲良くなるのに嫉妬するとか、子供みたい。
つい、自分の方が長いつきあいなのだとマウントを取りたくなる。エルフリートはそんな自分を制して笑顔を作る。
「ありがとう、二人とも。ちょうど今、ロスに叱られていたところなの。二人がいてくれるなら、安心して休めるわ」
エルフリートがそう言って笑えば、ブライスが嬉しそうに笑い――なぜかアイマルが微妙な顔をした。
2024.12.25 一部加筆修正




