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再びお姫様だっこで移動するという役得があり、休憩室のソファに座らされたエルフリートはにこにこしていた。
「フリーデ?」
「え、うん、なに?」
ロスヴィータが不思議そうに首を傾げている。
「やけに楽しそうな顔をしている。何か思いついたのか?」
何も考えてはいないし、何も思いついていない。ただ、エルフリートは本日二度目のお姫様だっこの思い出を噛みしめているだけだ。
エルフリートが正直にその話をするとロスヴィータは破顔した。
「そんなに好きならば、いつだってするのに」
「ううん、いいの。頻繁だと特別感が薄れちゃうから」
「そうか」
エルフリートは目を細めるロスヴィータを見つめ返す。
「私はあなたが喜ぶのなら、何だってする」
「それは私だって……」
真摯な視線に心が震える。見た目や気質が憧れの王子様みたいだからではない。彼女のその気持ちが純粋に嬉しかった。二人はしばし見つめ合う。
気持ちが通じ合うというのは、こういう事だろうか。エルフリートは彼女の碧玉を見つめ続けようとしたが、それは唐突に終わる。
「今、私がフリーデにしてほしいのは、休む事だ」
ロスヴィータが顔を離したと思ったら、そんな言葉が吐き出された。
「むぅ」
この流れでそうくる? 今、すごく良い雰囲気だったよね!?
甘い言葉を囁かれるのだと期待していたエルフリートが、少しだけむくれてしまうのも仕方がないだろう。
「積み重ねられた疲労に睡眠不足が加わっている状態なんだぞ。これ以上無理をされてたまるか」
ふくれるエルフリートを甘やかす気持ちはないらしい。ロスヴィータは上官のような厳格さで言葉を重ねる。
「私は決して、あなたに無理をさせてまで休みたいとは思っていない。犯罪者の拘留だって、あなただけが無理をする必要は全くない。これが緊急事態で人手が足りていないというのであれば別だが、今回に関して言えば、そういう特殊な事情は存在しない。
つまり、フリーデが無理をする意味がないんだ」
エルフリートは言葉が出なかった。エルフリートが腰掛けているソファの肘掛けに軽く腰を下ろしたロスヴィータは、軽く見下ろしながら口を開く。
「面白くないだろうが、自分が動けば何とかなるという思考は捨てた方が良い。その思考は、危険なんだ。あなたがいなくなった時、それが望んでの結果かどうかはさておき、その穴をどうやって埋める?
同じ事ができる人間をすぐに用意できるか? ある程度はできるかもしれないが、その穴が巨大すぎた場合はどうなる?」
ロスヴィータの言葉が、無防備なエルフリートにぐさりと刺さる。ロスヴィータの言う通りだ。最初の頃は、自分がいなくなっても良いようにと、女性騎士団員に自分の持っている知識などを与え、彼女たちが他の騎士と同等以上になれるよう邁進していた。
女性騎士団が騎士団と同じ仕事をするようになった今、相手が女性騎士団員でなくとも同じように接しなければならないはずだ。
「この前の戦争で、一部の強い騎士に任せきりで騎士全体としての実力には問題があるという結論が出たばかりではないか。それと同じ事を業務でもやるのか? という話なんだ。
だから、フリーデは無理をしてはいけないよ。もちろん、私だって過剰に出しゃばる事はしない。それが、組織としての実力を伸ばしていく為に必要なのだから」
エルフリートは自分の視野が狭まっていた事を実感した。いつも通りのエルフリートであれば、きっとロスヴィータに諭されるような事態にはならなかっただろう。
だが、今のエルフリートは睡眠不足で思考もまともに働いていない。そう言われる事が怖かったが、ロスヴィータが口にした言葉はそれ以上だった。
「責任はとる。知識や技術も伝える。だが、誰かの仕事を奪うのは駄目だ。フリーデ。今あなたがしようとしている事がどれなのか、分かるね?」
「……うん」
エルフリートの体調が万全であろうとなかろうと、今のエルフリートの行動は褒められたものではないという事実をつきつけられたのだ。
「体調不良をおしてまで、やるべき事だったか?」
「ううん、人に任せるべきだったと思う」
「同じような精神魔法が使える騎士か魔法士に応援にきてもらうのが正解だったな」
ロスヴィータの温かな手がエルフリートへと伸びる。
すっと頬を撫でられた。顎に指が添えられ、強制的に視線を合わせられた。
「女性騎士団長としての考えは今言った通りだ。一個人としては、単純に無理をしてほしくないと思っている」
ふと、ロスヴィータの声に甘さが混ざる。
「……大切なんだ」
「ロス……」
ふふ、とロスヴィータが笑いをこぼした。
「説教じみた事をつらつらと言ってはみたが、本音はそれだ。大切だから、一人で無理をしないでほしいんだ」
「……」
かっこわるいか? と苦笑する彼女に、エルフリートは首を横に振って否定する。エルフリートの事を、真剣に考えてくれているのだと伝わってくるから、むしろはっきりと考えを口にしてくれる方が嬉しかった。
「女性騎士団長の苦言も、ロスヴィータの気持ちも、どっちも嬉しいし、格好いいと思う」
「そうか」
「うん。大好き」
「私もだ」
エルフリートとロスヴィータは見つめ合う。甘い空気が流れ、くすぐったい気持ちで口元が歪んだ。
2024.12.25 一部加筆修正




