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膝をついてぽかんとするエルフリートに、片膝をついて視線を合わせてきたロスヴィータが「ほら見ろ」とばかりにため息を吐く。うう、でも、大丈夫だと本気で思ってたんだもん。
「……無理をするから」
「だってぇ……」
差し出されたロスヴィータの手に手を乗せ、足に力を入れようとする。が、腰が抜けたかのように力が入らない。嘘でしょう? そう心の中で悲鳴を上げたが、全く効果はなかった。
「フリーデ?」
「……」
エルフリートはロスの声を無視し、立ち上がろうと苦心する。しかし、体はびくとも動かない。次第に、補助的に床についていた手の方が疲れてくる。
「…………立てなくなっちゃった」
エルフリートは悔しさを滲ませ、ロスヴィータに白状する。
ロスヴィータはエルフリートが何を言ったのか、理解するのに数秒かかった。そして彼の言葉が本当だと理解した彼女はそっと顔を寄せる。
「私があなたを運んでも良いかい?」
ロスヴィータには、まったくからかいの色は存在しなかった。ただただエルフリートの事を純粋に心配する様子を見せる彼女に、エルフリートはこくりと頷いた。
「あまり、心配させないでおくれ」
「ごめんなさい」
ロスヴィータはエルフリートの事を、余裕の表情で抱き上げる。
力強く抱き上げる彼女の腕が格好いい。筋肉の塊みたいな男たちとは違ってすらりとした腕をしているエルフリートと同じくらいの太さしかないのに。
エルフリートと同じくらいの腕力があるなんて、性別が違う事を考えれば、すばらしい事だ。
いつも、この腕に助けられているのだと思うと、なんだか誇らしい気分になる。エルフリートは、この、優秀で人格も優れている彼女の婚約者なのだ。
彼女に運ばれている最中ずっとご機嫌だったエルフリートは、ある事に気がついた。
ロスヴィータによるエルフリートのお姫様だっこは、これが初めてではない。だが、エルフリートが冷静な状態では初めてだった。だからこそ、こんな脳天気な事を考え続けていたのだ。
確かに今回のお姫様だっこもエルフリートの不調が原因だが、今までのお姫様だっこはもっと緊急度が高かったり、気を失っていたりしていた。
その事を鑑みたエルフリートは、この事をこのまま喜んでいて良いのか、恥ずべき状況だと思うべきなのか、悩んでしまうのだった。
エルフリートが悩んでいる内に、待機所まで戻ってきてしまった。それもそうだ。ここはそんなに広い建物ではないのだから。
「フリーデ!?」
感情を爆発させ姿を消していたロッソが驚きの顔で出迎える。彼は人の良い男だ。
エルフリートのとんでも思考についていけずに席を外したとしても、体調の悪そうな姿を見るなり、少し前まで抱えていたであろういやな感情を投げ捨ててまで心配してくれる。
ロッソは女性であるロスヴィータがエルフリートを抱き上げている事に気づくなり、選手交代を提案してくる。ロスヴィータはその申し出を小さく首を横に振って断った。
「ロッソ、ありがとう。だが、心配ない」
「いや、良いんだ――っでぇ!?」
気にしないでくれと後ずさったロッソがデスクにぶつかって大きい音を立てる。痛そうに腰を撫でながら、自分の席に戻った。
なんだか決まらないなぁ。エルフリートはそんな事を思いながらも、彼の普段通りの態度にほっとする。
ロッソがぶつかったデスクにエルフリートは下ろされた。
「フリーデ、気分は悪くなったりしていないか?」
「大丈夫」
「そうか。とりあえず、何か飲み物を持ってこよう」
エルフリートの頭を撫で、髪を整えながら言うロスヴィータに、エルフリートの背後から声がかかる。
「あ、俺がやるよ」
「悪いな」
座ったばかりの彼が立ち上がる気配がする。ずず、と椅子を引く音がした。
「良いって。とりあえずそんな硬い場所じゃなくて、ソファーにでも運んでやれ」
給湯室へと向かうロッソは、ひらひらと手を振りながらそう提案するのだった。
「休憩室だと様子が分かりにくいし、気が進まないねぇ」
「ロッソの言葉に甘えよう」
「えっ!」
エルフリートは、ロスヴィータの判断に目を見開く。
「あなたは休むべきだ。仮眠室の方だって良いくらいだと思っている」
「そんなぁ……」
何という事だ。エルフリートは絶望の声を上げる。
エルフリートはただ、ふらっとして、立ち上がれなくなっただけだ。いや、それだけでかなり戦力としてはマイナスか。
これがロスヴィータの状態だったのならば、精神魔法を使ってでも休ませたに違いない。
立場を置き換えて考えた瞬間、自分がかなり危ない状態であるのだと理解した。
俯いたエルフリートだったが、すぐに頭を上げる。
「ごめん。私がわがままだった。休憩室っていうだけでも感謝すべきだったね。ありがとう」
エルフリートがロスヴィータを見つめてはっきりと言えば、彼女は優しく微笑むのだった。
2024.12.25 一部加筆修正




