表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/84

1

 エルフリートは疲労困憊の己の顔を見て、思わずため息を漏らした。疲れがにじみ出ると、少女らしい頬の柔らかさが減る。そうすると一気に少年っぽくなってしまう。

 普段エルフリーデとして活動する時には、頬を上げる事でふっくらと見せて、可愛らしい輪郭を作っている。力んで見えないように、ひっそりと訓練し続けている成果であった。


「オーバーワークって奴だなぁ……」


 手鏡をシーツの上に落とし、枕に顔を埋める。ぎゅうぎゅうと息苦しくなるまで押しつけてひとまず満足すると、再び顔を上げた。


 現在、女性騎士団副団長としての職務、騎士としての職務、騎士学校への諸対応、そしてアイマルとの変な攻防戦……。

 どれも手を抜く事などできるものでもなく、エルフリートは自分一人の時間を減らしてまで、それらの活動を行っていた。


「どうやったら、減らせるか……」


 エルフリートに戻る瞬間が寝る支度から目覚めるまでしかない。さすがに少しばかり窮屈だった。


「でも、それはロスも同じだし。最近、王子様オーラが減ってる気がする。私よりロスの気分転換をさせたいな」


 窮屈に感じるだけで、限界ではない。エルフリートはまだまだ大丈夫だ。確か、ロスは観劇が好きだったはず。今は何をやっていたんだっけ。

エルフリートは必死で思い出そうとした。が、全く頭に浮かばなかった。


「うん。明日にでも調べたりしよう」


 本人のいない場所で考えていても話は進まない。明日、必ずロスヴィータを気分転換に誘い、彼女から話を聞き出してみせる。エルフリートはそう誓うのだった。




「うん? 観劇?」


 ロスヴィータは目を丸くして驚いていた。そんなに驚くような事かなぁ。エルフリートはその疑問を飲み込んで、何でもない風を装う。


「最近、新しい劇団ができたでしょう? どんな感じか一度は観てみたいなって。一人で行くんじゃつまらないし、ロスも気分転換がてらにどうかな?」


 エルフリートの提案に考えるそぶりを見せた彼女は、小さく頷いた。


「そうだな。観に行ってみようか」

「やったっ!」


 手を合わせて喜ぶと同時に、花びらの幻影が舞う。通りすがりの騎士が驚いて振り返った。


「はは、相変わらず絶好調だな。集中せずに幻影を作り出せるなんて、お前以外に聞いた事がないぞ」


 驚かされたお返しと言わんばかりに髪の毛をぐちゃぐちゃにしてきた騎士は、ドレイクという。彼はアントニオの隊に所属する騎士である。真面目な人間の集団みたいな彼の隊にいるだけあって、こういういたずらをしてくる以外は騎士の見本のような男だった。


「お花は嬉しかったりすると勝手に出ちゃうの」

「強い感情で、というわけではないのだったな」


 ロスヴィータの確認に、軽く頷いて答える。


「激怒したからといって雷とか炎とか、そういう幻影が出たりはしないんだよねぇ。きっと、強い正の感情が引き金になるんじゃないかな」


 からからと笑うエルフリートに向け、ドレイクは不穏な言葉を投げつけた。


「本気で激怒した事がなかったから、だったりしてな」

「ちょっとぉー!」

「本気の時、幻影じゃなくて本物が出るかもな。楽しみにしてるぜ」


 なんという不吉な事を言うのだ。エルフリートがわざとらしく眉尻を上げてみせれば、ドレイクは大笑いした。


「そんな時なんか来ないもん!」

「おうおう、まずは本気で怒る事からな」


 エルフリートの叫びに対するドレイクのからかいの言葉を聞いた騎士の何人かは、にやにやとしていた。本気で怒るような場面なんて、来ない方が絶対に良いんだから。

 エルフリートはぷりぷりと怒るそぶりを彼らに見せながら、こっそりと思うのだった。




 ロスヴィータとの予定を合わせる為に少しだけ無茶をしたおかげで、化粧が濃くなってしまった。というのも、シャドウよりもハイライトを多めにし、顔に出ている不調をごまかしたせいである。

 騎士として仕事をするには濃すぎるが、観劇の為におしゃれに力を入れたと言えば通用するだろう。

 エルフリートは化粧の最終確認を、そわそわと落ち着かない気持ちになりながらおこなっていた。


 特別に作らせた、流行に沿いつつも動きやすいドレスにコート。昨年同様に動きを制限させるようなデザインのコートが流行っているから、その工夫をしてもらうのが大変だったっけ。

 ヴィジットと呼ばれるコートはシンプルで美しいシルエットをしているが、作り手と着用者両方泣かせの構造をしている。見た目と裏腹に複雑なのだ。作るのも難しければ着ているのも大変。拘束具かと思うほど最低限の動きしか確保していない。

 ストールのように羽織った一枚布を、内側の背中で固定して袖を作っている。優雅な見た目になる反面、本当に動きにくい。そんなコートを着ている時に何かが起きれば、危機が訪れる事になるだろう。


 エルフリートはくるりと回転して仕掛けを施したコートが不自然になっていないかを確認する。

 袖の固定がはずれるようになっているとは、誰も気が付きはしないだろう。少なくとも去年よりもクオリティの上がったこのコートは、エルフリートの目には完璧に見えた。

2024.11.29 一部加筆修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ