カミラの正体
しっかり者のシエルが、
「あなたが王女かどうか私たちにはわかりません。通常、宿にはいないことが普通です。証拠をお見せください」
これで、カミラが証拠を出せなければ、この話は終わりで面倒事も終わりだ。レオンは一安心した。
だが、カミラは鷹揚に頷き、
「見せてやろう。ユリウス帝国王族である証拠を」
そう言って、何かを唱えたかと思うと、次の瞬間にはカミラは人ではなく、美しい銀の毛で覆われた大狼へと変身した。大きさは二メートルあまり。
レオンがシエルに、
「おい、これってどう判定するんだ」
「ユリウス帝国の王族は変身魔法を使わずとも銀毛に覆われた狼に変ずることができるそうです」
カミラは変身魔法を使っていないように見えた。
つまり、きっと、おそらく、本物の王女様なのだろう。
レオンは我慢できず舌打ちした。
「チッ。面倒くせえ奴に会っちまったな」
「レオン。失礼よ。元々、面倒事に首を突っ込んだのは私たちなんだから、今更面倒なことが一つくらい増えてもあまり変わらないわよ」
「奥方。あんたも酷いぞ」
カミラが人の姿に戻り、
「貴様ら、ユリウス帝国の王女である私に会えたのじゃぞ。喜べ」
「宿に身を隠してるような王女と出会えて喜べるか!」
「くぅ。確かにその通りだが、次は貴様らの素性を述べよ」
口を開こうとしたエマを押しのけシエルが淀みなく、
「私たちはしがない旅の者です。たまたま魔物と融合した人間を見つけました。その人間は聖女の適性があるらしく、埋め込まれた魔物を自らの力で浄化しようとしているのですが、聖なる力が弱く浄化しきれずにいます。ユリウス帝国では適性がある者を聖女に覚醒させる神殿があると聞きやってまいりました」
確かにユリウス帝国に入国してきてからはずっと旅してきた。間違ってはいない。
カミラが、
「……確かに。首都のアルツヘリムにはそのような神殿がある。……だが……今は邪教の者らに占拠されておる」
そう言って、唇を噛んだ。
エマが、
「あの……ユリウス帝国では一体何が起きているのですか?」
カミラは頷き、話し始めた。
「始まりは数年前のことで、母上が病でなくなったことがきっかけじゃ。父上は母上を蘇らせようと躍起になった。挙句の果てに、そのような秘術を手に入れようとして様々な国を侵略するようになった」
そんな理由で、領土を拡大し続けているのか。
「そして、邪教の者たちが王に取り入り、つけ入った。それからじゃ。父上はその者たちの言葉を鵜呑みにし、元々の国で信仰されていた教会を追い出し、駆逐した。その者たちは母上を蘇らせるためには神を復活させる必要がある。そのためには膨大な生贄が必要だとのたまい、多くの国民を虐殺した」
エマが、
「もしかして、途中で見た村の人たちは……」
「そのとおり。生贄じゃ。じゃが、国内の人々だけでは足りず、生贄を求め、侵略を繰り返している。街の人間も逆らうと生贄にされるため、皆、恐れながら暮らしている」
レオンが、
「で、王女様がなんでここにいるんですかね?」
「私は母上の兄。つまり私にとっての叔父なのじゃが、叔父とともに邪教徒たちと父上に反旗を翻したのじゃ。じゃが、死体を操る以外にも奴らは多くの邪悪な魔法を操る。それが思いの外手強く、叔父上と従っていた諸侯の多くは戦死。家族は捕まり、皆生贄にされた。私は落ち延び、反乱側の貴族と深いつながりが会った商会と繋がりがあるこの宿に匿われることとなったのじゃ」
「王女だから周囲の人々によって逃されたというところでしょうか?」
シエルの指摘に、
「その通りじゃ。私ほどうってつけの皇帝の擁立候補はおらぬからな。ほとんどの有力貴族たちは倒されてしまい、私を擁立して皇帝と戦えるほどの力を持つ貴族は実質おらぬがな」
カミラは悔しそうに言った。
レオンが、
「話は戻すが、神殿はその邪教の連中に占拠されてんのか?」
「そうじゃ。今ではやつらが自由に使っておる。聖女に覚醒させるためには神殿の地下にある聖水晶にその娘が触る必要があるから、神殿への侵入は至難の業であろう」
つまり、シェルマ王女を聖女に覚醒させるためには首都にある神殿に行かなければいけない。だが、現在、その神殿はあろうことか邪教徒たちの本山になってしまったと。
エマが遠慮がちに、
「穏便に話をして済ませることはできないかしら?」
「話が通じる連中だったらいいんですがねー」
「通じたら苦労はせんわ。その魔物を埋めこまれた娘というのも邪教徒たちの禁術の仕業じゃろ」
シェルマを完全に救うのはあまりにも難易度が高くないか?
こっちは田舎の貧乏貴族だぞ?
カミラが、
「頼みがある」
レオンが、
「まさか俺たちに邪教徒と皇帝どもと戦えと言わないよな」
「まさか。言うわけがなかろう。じゃが、タダとは言わぬ。神殿の聖水晶へ道案内をしてやる」
その頼みをこっちは聞きたくないのだが、エマとシエルを見た。
シエルがエマに、
「エマ殿。これ以上は危険です。魔物の娘のことは諦めてください。私はあの方のためにもあなたを無事に国に連れ戻す義務があります」
あの方とは王のことだ。
だが、エマはレオンに言った。
「レオン。神様ですって」
「そうですね。その神様に会いたいですか?」
「会いたくはないわ。でも、神様と呼ばれる存在だわ」
この世界の神に会いたい。
それはエマとレオンの共通した思いだ。
だが、レオンは思う。
「奥方。そんな奴は神じゃないっすよ。神は生贄なんていらないっすよ」
「そうよね。そうよね」
エマもわかっているのだ。
だが、興味はある。
レオンは元の世界に戻る手がかりを掴むためにその神に会いたい。
だが、そのためには多くの人々が犠牲にならなければいけない。
会ってはならない存在だが、レオンはカミラに言った。
「あんたの頼みを教えてもらおうか」




