番外編1
番外編の短編です。新作を始めたので下記のリンクから読んで頂けると嬉しいです。
わたしとリカルドは運命の出逢いを果たし、再び婚約をした。
愛する婚約者に処刑をされた過去生を持つわたしが再び、その婚約者と婚約をかわしたのだ。小説でもあり得ないような展開だが、わたしはその奇跡に感謝をしていた。
なぜならばわたしは〝自分を殺した〟婚約者リカルドのことを愛していたからだ。
「殺したいほど愛している」
物語の中で多用される言葉であるが、現実にもそのような燃え上がるような恋愛感情が存在するとわたしは知っていた。
それはリカルドも同じようでわたしを〝殺したいほど〟愛してくれていた。
わたしが「せめて処刑をされるならばあなたの手で」と言ったとき、彼は悩みながらもわたしの想いに答えてくれたのである。
赤の他人にわたしの生殺与奪の権を与えるくらいならばいっそ自分で、そのような考えに至りわたしを殺したわけだ。
まさしく「殺したいほど君を愛している」である。おそらくであるが、きっとこの世のどこかに同名の小説があるに違いないと思った。
さて、このようにして相思相愛のふたりであるが、即座に結婚はしなかった。
理由はリカルドが国務で忙しかったからである。
リカルドは大国セレスの摂政、日々、政務に追われていた。
彼の執務室には己の身長よりも高い書類の山がうずたかく積まれていたのだ。
彼がマルタ王国に遊歴している際にたまった案件の数々、彼はこれを処理しなければいけない。昼食もまともに取れないほどの激務に追われる彼を見て申し訳ない気持ちになる。
「わたしを探し求めるために貴重な時間を使わせてしまってごめんなさい……」
しゅんとなるが、リカルドは気にするな、と優しい声を掛けてくれる。
「想定内のことだ。気にするな」
と、私の頭の上にぽんと手を置く。
「しかし、政務というのはあっという間にたまるものだな。これではエミリアと婚約したというのに一緒に居る時間もまともに取れない」
「わたしは朝食と夕食を共に出来るだけで幸せです。それと昼食のサンドウィッチを手作りできるだけでも」
ここ数日、リカルドは政務に追われながら昼食を取っているのだが、書類や本を読みながらコーヒーを飲みサンドウィッチを胃に流し込んでいる。そのどちらもがわたしが作ったものだ。彼はそれをなによりものごちそうと言って美味しそうに食してくれる。
エミリアは王女であり、厨房に立つことはなかったが、昨今、愛する婚約者のために厨房に入り浸り、美味しいサンドウィッチの作り方の研究をしていた。
この一週間で作ったサンドウィッチの数は一〇〇数余、そのほとんどを城のものに試食させたが、クリームチーズとサーモンのサンドウィッチが一番評判がよかった。
リカルドにそれを出すとリカルドは「この味ならば王都のカフェテラスで出しても売れるのではないか」と最大限の賛辞を送ってくれた。
政務で忙しい今、わたしが作るサンドウィッチだけが心のよりどころとも。
とても嬉しい言葉である。その様子を見ていたメイドたちは「氷のように冷徹なリカルド様があのようにのろけるなんて」と驚いていた。愛は人を変えるものである、と噂し合っていた。
ただ、それは善き変化とのことだったので、セレスの王宮は今日も平和であった。
さて、そのように執務を頑張っていると滞っていた案件も処理されるようになり、時間に余裕が出来る。リカルドはその貴重な時間を婚約者であるわたしに使ってくれる。
「昔のように馬乗りにでかけようか」
リカルドはある日唐突にそう言ってくれた。
彼は昔、一度だけわたしを馬乗りに連れて行ってくれたのだ。そのとき初めて手を繋いだのだが、彼がそのことを覚えていてくれたのである。
「あれから一五年の月日が経ったが、このセレス王国はなにも変わっていないことをおまえに見せたい」
変わったのは俺の年齢くらいだ、と彼は付け加える。
「おまえの命を奪ってまで得た摂政の位。俺はそれをこの国の安寧を守るために使った。それが俺の贖罪だった。おまえの命を奪ってまで守った国を荒廃させたら申し訳ないからな」
彼はそのように言うと、わたしを馬に乗せ、昔、一緒に行った湖畔へと連れて行く。
湖畔にたどり着く。たしかに湖はあのときのままの美しさをたたえていた。
彼はそこでしばしわたしに愛の言葉を贈ってくれる――ことはなく、「しりとり」をしようか、と提案した。
「しりとりでございますか?」
わたしはきょとんとしてしまう。
「しりとりをしらないのか?」
「いえ、そのようなことはございませんが、なぜ、このような場で」
「このような場所だからだよ。さて、それじゃあ、『ば』から始めようか。馬鹿」
リカルドの意図は分からないが、素直に応じる。
「家族」
「くじら」
「らっぱ」
「パエリア」
「アリア」
「それは駄目だ」
「え? どうしてですか?」
「同じ頭で返すのは卑怯だ。それにセリス王国のしりとりは『あ』で始まる言葉はひとつしかないと決まっているのだ」
「そうなのですか? それはなんという言葉なんですか?」
リカルドに尋ねると彼は顔を真っ赤にして、
「愛している、だ。このセレスではそれ以外の言葉は認められていない」
と言った。
わたしも顔を赤く染め上げると、意を決してその言葉を返す。
「愛しています」
そしてふたりは口づけをし、しりとりを中断させた。
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