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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
9/82

#9 これこそが『脳がバグる』という現象


 チャラーズの中心人物は、個性的な面子が揃う二組で群を抜いた存在感を放つギャル、(なわ)(しろ)桔花(きっか)


 ギャルと聞くと『頭が悪い』なんて偏見を抱くけれども、苗代さんは博識な一面を持ち合わせている。


 この前なんてクズエピソードを誇らしげに語る男子くんに、「リアル太宰治かよ、マジ人間失格じゃん引くわー」と冷めたツッコミを入れて、男子くんの勘違い『おれかっけー』を矯正していた。


 入学式の受付時に「中原中也って渋すぎマジウケる」と発言していたのも苗代さんでほぼ間違いなさそうだ。


 文豪の小説が好きなだけって可能性もあるが、ギャルと文豪という組み合わせはそうそうお目に掛かれるものでもないわけで、それが一際に苗代さんの個性を引き立てる要因になっているのだろう。


 教室の人間関係を一通り確認したところで、あの日以来、空席になっている隣の席に一瞥を投げる。担任の(おぎ)(わら)さんが言うには体調不良で欠席しているだけらしい。ぼくは違うと思っている。


 胸の辺りがずっとざわざわしているから。


 悪いことをして、それをひた隠しているようなざわざわ。無視したくてもできないざわざわ。隣の席を見る度に落ち着かない気持ちにさせられる。ざわざわ、ざわざわ。はぁ……。ざわざわ。砂糖きび畑だってこんなにもざわざわしないだろう。ああ、それは『ざわわ』だったよね。


 ホームルームが早く始まればいいのに、と黒板の上にある壁掛け時計に目を向けて、残りの二十分をどう過ごそうか悩みながらリュックに手を突っ込んだ。


 暇を潰せるような都合のよい物を持ってきただろうか。教室でラノベを読む勇気はないし、携帯ゲームは携帯しない主義のぼくである。


 昨日の夜、「スマホで音楽を聴くと直ぐにバッテリーがなくなる」と父に相談した。


 フルに充電しても八十パーセントしか充電されないバッテリーを交換したいって腹積りで伝えたのだけれども、父が出した答えは、ぼくの意と反するものだった。


 相談を聞いて「そうか」と頷いた父は、おもむろに自室の戸棚を開き、年季の入った段ボール箱を引っ張り出して、「これを使いなさい」と歴戦の戦士を彷彿とさせる傷が無数に入ったMDウォークマンを手渡してきた。


「いや、要らないけど」と返したかったが、意気揚々と「MDコンポもあるぞ」って用意されては断るに断れなかった。


 父が学生の頃に使っていたであろうMDコンポは、所謂『ダブルMD』と呼ばれる、MDからMDに録音できるタイプ。CDとMDが分離しているコンパクトなデザインで、落ち着いた木目調なのも好感が持てる。しかも、なかなかのハイブランド品。スピーカーに付いているメーカーロゴが誇らしげに見えた。


 時代錯誤な音楽機器を使っている高校生は、ぼくくらいなものだろう。然しながら、何気に気に入っていたりする。


 平成の波が押し寄せる時代に一世を風靡した物だけあって、使い勝手もよかった。特に、好きな曲だけを入れたオリジナルアルバムを作れるのが楽しい。


 本体を開くと、カシャッ――、とMDが飛び出してくるのも心を擽られる。曲名を入力するのは手間だけど、その面倒臭さもまた一興だ。


 音楽を聴きながら机に突っ伏していれば時間も潰せるだろう。


 レンタルショップで税込み一〇七八円で購入したカナル型イヤホンを取り出した頃合いを見計らったようなタイミングで、教室後方のスライドドアの開放音がチャラーズの喧騒を強引に引き裂いた。ガラガラガラ、バン――。


 敷居を跨いで颯爽と教室に入ってきたのは、スラッとしたスタイルの黒髪ロングを左右に靡かせて優雅に歩く美少女。


 ハイウェストで履いたギンガムチェックのフレアスカートがどことなく避暑地の令嬢を思わせる。黒のロングシャツは彼女のボディラインを(あらわ)にし、胸元が袈裟懸けのバッグで強調されていた。


 クラスの誰もが彼女に息を呑む中、彼女の綺麗なコバルトブルーの双眸だけがぼくを捉えていた。


「おはよう。久しぶり」

「お、おはよう?」


 一瞬にしてクラスメイトたちの注目を奪ったことなど意に介さず、隣の席に着座する彼女。


 スカートが皺にならないように気を遣う所作も、パラついた髪を耳に掛ける仕草も、僅かに湛えた口元の微笑さえも美しさがある。レオナルドダヴィンチが『微笑み』を描こうと筆を手にしたきっかけは、こういうことだったのかもしれない。


「もしかして、つかさ?」


 コバルトブルーのカラコンには見覚えがあるし、背丈も同じ。だが、入学初日に見たつかさとはまるで別人だった。


 敢えて言うならばラブコメヒロインの一人。男だと思っていた友人が実は女子だったパターンを現実に再現してみました! みたいな心境にさせられる。


「もしかしてもなにも、椋榎司、本人だよ」


 そう、なのだろう。

 いや、そうだとしても。

 そう、じゃないでしょう。


「その格好、どうしたの?」


 訊ねずにはいられなかった。


 つかさは左手の人差し指を顎辺りに当てて考え込む仕草をして、


「今日は女子の気分だったってだけ。お披露目は早いに越したことはないかなって」

「そういうものなの?」


「そういうものだよ」と答えたのは、彼女が椋榎司だと証明したかったから、敢えてあの時の再現をしたように思えた。まあでも、そうなのかもしれないけれど、動揺は教室に伝染する。


 美少女つかさの登場で沈黙していた教室内だったが、止まったままだった時が動き出したかのように、我に返った者たちのひそひそ声が飛び交い始めた。


 その中でも「え、マジ? あり得ないんだけど」と素っ頓狂な声を発したのは他でもなく、チャラーズの中心にいる苗代さんだった。――わかる、わかるよキミの気持ち。


 砂糖と塩を間違えたってレベルの話じゃない。

 スイカとメロンさえも比較にならない。


 ラーメン屋で醤油ラーメンを注文したらステーキが出てきて、「回鍋肉(ホイコーロー)お待ち!」と料理を受け取った山田くんが自分をマイケルと思い込んでいるジェニファーだった、くらいの衝撃(ビッグバン)である。


 情報の混線が酷すぎて、脳内にいるオペレータに繋がるまで十五分は掛かりそうな具合だった。



 

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