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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#35 状況は平行線で、現状は悪化し続ける


 小谷野純平と苗代桔花の確執は、日を重ねる毎に深まっていった。


 事あるごとに突っ掛かってくる小谷野純平のブレーキ役――ドライブだけに――としてどうにかその場を収めてくれている庄野(どら)()()、通称・トラも、『それだっていつまでおれが機能するかわかったもんじゃないぞ?』と懸念している。


 あの事件以降、教室の空気は緊張感で張り詰めていた。チャラーズが教室を支配している、と言っても過言ではない。クラスカースト最下位のグループたちは、虎の尾を踏まないようにと極限まで存在感を殺している始末である。


 授業中の発言であっても、彼らの意に反してしまえば次のターゲットになり兼ねないという空気がひしひしと肌に伝わってくる。()()()()()()()()()ことを恐れ、人気の授業であっても挙手率は激減していた。


 事を重く捉えた担任の(おぎ)(わら)(すみれ)()は、問題の早期解決を図るため、放課後に個人面談を開始する。


 しかし、思っていた以上に生徒たちの口が硬いようで、荻原さんが望んでいた証言は得られなかったようだ。無論、ぼく、つかさ、藤村くん、桔花の四人は、これまでの事情を細かく説明してはいるが、チャラーズが行った悪行の証拠がない。苦悶に満ちた表情で、「気に留めておきます」としか返す言葉がなかったのも致し方ないだろう。


 直近のトラ情報によると、チャラーズは『苗代桔花潰し』を近々実行に移すようだ。どうしてそんなことになったのかと言えば、思い当たる節は荻原さんとの個人面談以外にない。『菫子ちゃんにチクったのは愚策だったぞ』と、トラに物申されてしまった。


 話を聞くと、荻原さん経由で「小谷野くんたちがいじめ紛いなことをしている」と伝わってしまったらしい。勿論、誰の垂れ込みかは伏せされていたようだが、「どうせ桔花がチクったに違いない」と、チャラーズの面々は怒髪天を衝くほど怒り狂っているらしかった。


「……で、此処からがわからないんだけど」


 放課後になると、誰が言うでもなく、喫茶『ロンド』に集まるのが恒例になりつつある今日この頃。店主の大神さんに、「お前らもしや相当暇だろ」と勘違いされるくらいにはこの店に入り浸っている。


 ぼくの左隣にはつかさが座り、テーブルを挟んだ壁側が藤村くん、桔花は藤村くんの隣で不満げに、アイスレモンティーをぶくぶくさせていた。


 テーブルの中央にスマホを置き、トラとのやり取りを指でスクロールしながら三人に見せ、問題の発言の箇所で指を動かすのをやめた。


「これ、どういう意味だと思う?」


 前後のやり取りは、ぼくらが如何に浅はかな行動をしたかについて言及している。――それで。


『ま、じゅんぺーはあまり乗り気じゃなさそうだけど』


 この一文を強調させるかのようにトラは送ってきた。


 チャラーズを率いているリーダーが、件の『桔花潰し』に腰を重たくさせているのは何故だろう。数日前のファミレス事件であれほどまでにぼくらを煽り、罵倒していた張本人だぞ、と。


「解せないな。どうして小谷野はそんなことを」


 だから、それを聞きたいんだよぼくは。


「桔花殿はどう思う」


 ぶくぶく、ぶく――桔花は眉を顰めるだけで、何も答えなかった。


「それはトラくんの勘違いじゃないかな。小谷野くんは桔花を恨んでいるだろうし。逆恨みも甚だしいけどね」


 と、つかさは言う。


 本日のつかさは男性の気分だったようで、厚手の半袖白シャツにデニム生地のオーバーオール、頭部には(くわ)(ぞめ)のキャスケット帽を被り、靴はスニーカーを履いている。古い時代を扱った海外ドラマで偶に見る新聞記者や子どもの靴磨き屋、若しくは煙突掃除夫のような出立(いでた)ちだ。


 ここ数日、ボーイッシュな服装を選んでいるのも駄目にしてしまったウィッグのせいで、つかさ曰く、新しいウィッグを買いにいく時間が取れない、のだとか。


「トラくんを全面的に信用しないほうがいい、と私は思うな」

「俺もその意見に同意だ。参考程度に留めておくのが妥当だろう」

「それに、彼が善人だって決まったわけじゃない」

「ああいうヤツに限って腹の中では何を考えているのかわからん」

「小谷野くんに告げ口をしたのもトラくんの可能性だってある」


 つかさと藤村くんがトラに対して否定的な意見を続けていると、それまでアイスレモンティーをぶくぶくさせていた桔花の双眸に怒りの炎が灯り、ドン――、テーブルを叩いて立ち上がった。


「トラはそんなことしない!」


 数日ぶりに、喫茶『ロンド』に雷鳴が轟く。


「アンタらがトラの何を知ってんの? 普通にウザいんですけど」

「桔花、落ち着いて。二人は客観的に状況を見ているだけで、トラを批難しているわけじゃないよ。あと、大神さんがめっちゃこっちを睨んでるから」

「……ごめん。でも、そういうのってムカつくじゃん」


 言いたいことはわかる。ぼくだって、つかさたちが言うほどトラが悪人じゃないことは、メッセージを何度もやり取りして理解している。当然、つかさが言うように、トラが嘘を吐いている可能性も否定はできないが、好きになった女子を守ろうとする姿勢は評価したい。


「つかさもらしくない――いや、ある意味つかさらしいか」

「自称サバサバ系、みたいに言うのやめてくれる?」

「そうだね。クーデレだもんね」

「まだそのジャンルは健在だったか!」

「オタクくんうっさい」

「理不尽だ……」


 藤村くんは呟いて、悄気(しょげ)込みながらアイスコーヒーをぶくぶくさせるのであった。



 

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