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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#34 諜報員募集に、彼の名前があがる


 ぼくは壁掛け時計をちらと見て、時刻を確認する。

 お互いのためにも話を切り上げないといけない時間だった。


 (しょう)()くんは教壇に置いたバックパックを片手でひょいと持ち上げて、自分の席に移した。如何にも軽々しく持ち上げたが、バックパックはパンパンに膨らんでいて重たそうだ。――中には何が入っているのだろう。


「昨日のこと、どう思った?」


 昨日のこと、と問われて真っ先に思い浮かべたのは、カラオケ店から駅に向かう途中にあるファミレス前でチャラーズとばったり遭遇したことだったが、庄野くんの口振りから察するに、『小谷野純平と苗代桔花の衝突についてどう思ったのか』。


 ぼくは、小谷野純平は最低最悪なヤツだ、と思った。


 しかし、庄野くんと小谷野くんの関係は概ね良好な付き合いをしている。自分の友だちの悪口を言われるのは、気持ちがいいものではない。


 此処は無難にオブラートに包んで、


「ぼくとは反りが合わないだろうなって思った」


 かなり譲歩したつもりだ。


 これに反して庄野くんは、


「御門くんさんはもっと正直になっていいと思うぞ? ギアをトップに上げていこうぜ? ドライブだけに! ああ、まーた上手いこと言っちったなー」


 全く意に介さず、それどころかアドバイスまでされてしまった。


「おれはじゅんぺーのああいうところ、すげー嫌いだ」 

「え?」


 意外なことに庄野くんは、友人である小谷野純平は真っ向から批難した。


「おれのレースクイーンに何してくれるんだって思ったし、あの後、ちゃんと説教もしてやったぜ」


 庄野(どら)()()はチャラーズの良心なのか? 口癖が煩いのが傷だけど。


「ま、『うるせえデブ』で片付けられたけどね」

「そうだろうね……ところで、どうして桔花がレースクイーンなの?」

「ん? ああそれ?」


 徐に席に戻り、バックパックに手を突っ込んだと思ったら、一冊の雑誌を取り出してぼくの机の上に置いた。


 何処にでも売ってそうな週刊誌だが、表紙には『魅惑のレースクイーングラビア特集』と際どい衣装を着た女性が胸を強調するポージングで掲載されている。


「この人、桔花に似てるだろ?」


 言われてみれば何処となく桔花に似ている。

 目元なんてそっくりだし、体型も……うん。


「中学の頃からファンなんだ」

「……聞いて損した気分になったよ」

「いやいや、バックするのは早すぎるって。ドライブだけに」


 上手いこと言うな。


「桔花のことが好きなのかと思ってたけど、そうではないんだね」

「え、好きだけど?」

「は?」


 きょとんとした顔をぼくに向けて、


「何かおかしなこと言った?」 


 突然の告白に、ぼくは返す言葉を失った。


 そういうのは普通、無闇矢鱈に吹聴したり喧伝するものではない。


 正直者と言えば聞こえはいいけれど、正直すぎるのもどうかと思ってしまう。デリケートな問題ならば、尚更に気を付けるべきじゃないのか。――ぼくが奥手ってだけ?


「おれみたいなデブが普通にして叶う恋なら、もうとっくに叶ってるだろー」

「普通じゃ叶わない恋……」


 自分を磨いて興味を持ってもらう――正しい恋愛の有り様だ。


 でもそれは、『スタート地点が全員同じ位置』であることが前提条件としてある。


 そして、こと恋愛に関しては、全員が同じスタートラインに立てるわけではない。


 容姿の良さ、趣味の合致、年齢、背丈、それだけでなく、近年では職業と年収の高さも『選考条件』に加えられる。


 高校生の恋愛に於いて重要視されるのは、やはり『容姿の良さ』だろう。


 格好いいだけでも恋人候補になり得るが、『男子で可愛い』というジャンルも女子たちの間で一考の余地有りと注目されつつある。


 相対的に、庄野くんの容姿は、お世辞にも「格好いい」、「イケメン」とは言い難い。


 角度を変えれば「可愛い」になる可能性も捨て切れないけれど、恰幅のよさを「クマのキャラクターみたい」と言ってくれる子なんて、それこそ一万人の女子を集めて一人いるかいないかの稀有な存在だ。


 ……そう考えると、「普通に恋愛していて叶う恋なら、とっくに叶っている」の発言に重みが出てくる。


 厳しい現実を叩き付けられて尚、それでもめげずに立ち向かう姿勢は天晴れで、彼に『恋愛勇者』の称号を与えたい。


「恋愛はレースなんだぜ? 自家用車で一般道を適当に走るのとはわけが違う」


 恋の駆け引きをレースと例えるのは、如何にも庄野くんらしい表現だ。


 ならば『恋愛勇者』ではなく『恋愛レーサー』にしよう……おかしいな? 変更した途端にダサくなってしまったぞ。


 それからぼくらはメッセージアプリの連絡先を交換し、その場はお開きとなった。



 * * *



 昼休みに秘密基地を訪れて朝にあったことをみんなに伝えた。


「庄野くんをこっちに引き入れられないかな?」


 ぼくの話を聞き終えて直ぐ、つかさがそう提案する。


 本日のつかさは男子の気分だったらしい。


 見方によってはボーイッシュな女子にも見える男女折衷な服装をしている。


 夏が始まりそうな気候に加えて梅雨入りの気配が漂う今日この頃、「ウィッグを被るのが辛くなってきた」とつかさは言っていた。けれど、多分、昨日にウィッグを駄目にしてしまったがゆえの決断だろうとぼくは思う。


「なるほど。要するにスパイというわけだな」


 わけ知り顔で頷いたのは、ぼくが贔屓にしている精肉店『にくのふじむら』の跡取り息子・藤村謙朗。またの名を『万殺の刹那』。そして、今は単なる病患いの『オタクくん』である。


「うーん、ぼくとしてはちょっと心苦しいかなぁ」


 相手の好意で連絡先を交換したのにそれを仇で返すようなことは憚りたい、といのが本音だった。


 チャラーズの一員ではあるものの、できるならば彼とは良好な関係を築きたい。


 それに、チャラーズから庄野くんが抜けた場合を考えると、庄野虎井武を離脱させるのは得策ではない気がした。


「つか、トラにスパイとか普通に無理っしょ。そこまで器用じゃないし」

「ふむ。ならば情報交換だけならば或いは」


 ねえ、と桔花は語彙を荒げて藤村くんに顔を向ける。


「オタクくんさ、その口調どうにかならない?」

「どうにかとは?」

「戦国武将みたいじゃん」

「確かに、桔花殿と呼ぶのに口調が引きづられているのは認める」

「あーもー、わかったわかった。それでいいよ。ともちー、話の続きして」


 話の続きと言われも、ぼくの話は終わっているのだが。


「えっと。じゃあ、藤村くんの案を採用してみる? 情報交換だけなら引き受けてくれそうではあるし」

「ともえと連絡を密に取り合うって、何だか妬けちゃうな」

「何か言った?」

「いや、なんでもないよ。その案でいこう」


 方向性が決まったのはいいのだが、庄野くんにどう伝えればいいのだろう。そっちの情報を教えて、なんて言って素直に教えてくれるだろうか。


 庄野くんの性格であれば教えてくれそうではある。けれどそれは、結果的に小谷野純平を裏切る行為に当たるし、彼の優しさに漬け込むようにも思える。


 他人を陥れてまでやらなければいけないことなのだろうか――午後の授業はそればかり考えていて、ノートは擬白のままだった。



 


 いつもご愛読して頂きまして誠にありがとうございます。

 皆様が連日のようにアクセスして下さることを誇りに思い、これからも精進して参ります。


 by 瀬野 或

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