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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#31 本物と偽物


 よてゃんとの運命的な出会いを経てギャルへと転身したその結果、桔花の中学生時代は華々しく返り咲いた。


 それ自体は悪いことじゃない。

 転機だったと考えてもいいだろう。


 しかし、一度でも成功を収めると、自分のやってきたことは間違っていなかったと思うようになる。


 それがいけなかった。


 市立中学校は小学校の延長線でも、私立高校は別だ。


 県外からやってくる同級生たちだって過去にいろいろあっただろうし、学力や運動能力にしても、自分より積み上げてきた者は年季が違う。


「物真似したら上手くいってラッキー」程度の実力では、到底太刀打ちできない。


 あまり考えたくはないが、小谷野純平も()()()()()()()()だったのだろう。


 小物の皮を被った熟練のハンターのように、あわよくば自分のモノに、叶わなければ油断したところを背後から刺す。


 好きこそ物の上手なれではないが、小悪党でも悪行を積み重ねていれば腕を上げる。


 桔花が小谷野純平に劣ったのは、成功に胡座をかいていたからだ。


 偽物が本物に勝てる道理など存在しない。


 極めて本物に近づいた偽物でも、それは偽物でしかないのだから。


「――で、『これはもうウチの高校生活も終わりだなー』って思ってたところにともちーとつかっさんが現れたってわけ。最初は『何かやってんな』って遠くから観察してたんだけど、何かやってるうちにオタクくんの問題をすぱっと解決しちゃって、『これはもう二人を頼るしかねえべ!』って感じで……」


 段々と尻窄みしていき、最後のほうは呟き程度の声量しかなかった。


「自分で言っておきながらあれだけど、他力本願すぎて引くわ……」


 自己嫌悪、というやつだろう。


 此処までの過程を振り返ると、自分の無力さを痛感しているかのような。


 (なま)じ、なにもできなかったわけじゃないところが心に更なる追い打ちを掛け、桔花の表情に影を差し込ませていた。


「このままギャルを続けても、何も変わらないなら意味ないし、もう疲れちゃった」


 へにゃりと力なく笑う桔花に、


「本当はギャルになりたくなかったの?」


 淡々とつかさが問う。


「そんなことはないよ。だってウチ、よてゃんすきだもん。よてゃんみたいになれたらいいなって思ったし、これまではそうなってたし、だから」

「だから?」

「だから、このまま続けたいって思う。――けど、ウチはよてゃんにはなれないんだね」


 自分を鑑みて、顧みて、省みた結果、桔花は諦めた。


 偽物は本物にはなれない。

 本物と差し代わることもできない。

 それが当たり前で、道理で、真理だ。


「――なりたい自分になるってそんなに難しいかな。私は男性にもなりたいし女性にもなりたい。勿論、やりたいことをやればそれだけ周囲の反発も大きい。でも、私はこうだから、自分の生き方を曲げるつもりはないの」


 だってそうでしょ? つかさはぼくと桔花を交互に見る。


「他人の思惑通りに動いていれば幸せになれるわけじゃない。そればかりか他人を蹴落とすことに必死で、どうやって足を引っ張ってやろうかとしゃかりきに目を光らせてばかり――ほんと、くだらない」


 吐き捨てるようにつかさは締め括る。


「競争社会においては他人を蹴落とすことも必要だったりする。だからと言ってそれを肯定するのは人間としてどうなのかってつかさは言いたいんだよね?」

「ううん、そうじゃない」

「えぇ……」


 フォローをしたつもりだったのに真っ向から否定されて、ぼくは悲しい気持ちになった。


「競争とかそういうのに、関係ない私を勝手に巻き込まないでってこと」


 一般的な学校に属するする以上、自分が望む、望むまいと、競争を余儀なくされる。


 それが耐えられなかった、と。


 ドロップアウト、リタイア、聞こえは非常に悪いけれど、そうせざるを得ない事情があってススガクを選んだ者も多い。


 いや、ススガクを選んだ者の大半がそういった暗い過去を抱えているといっても過言ではないだろう。


 ぼくだってその内の一人じゃないか。


 中学生時代の憎たらしい同級生たちと高校でも共に過ごすのが嫌で地元から遠いこの学校を選んだのだから、つかさの言い分と大差ない。


「つかっさん凄いね。強者の風格って感じ」

「私だって最初はおっかなびっくりだったんだよ。ね、ともえ?」

「え? あ、ああ、うん」


 この話からそういう流れに持っていくのかと得心したぼくだったが、合図を送るとしても脇腹を小突くのは勘弁願いたい。


 そこはちょっとあれなんだ。


 弱点というか、過敏というか、変な声が出そうになるというか……。


 ……兎に角、後でつかさには注意を入れておこう。


 それはそれとして、暗い話題が続いて息苦しくなった空気を入れ替えるために、此処らで一つ芝居を打つのも悪くはない――つかさがそう判断したならぼくもそれに従うまでだ。


「あの時、ちょっと震えてたよね」


 そう言うと、つかさは不服そうに頬を膨らませて、


「わかってたんなら抱き締めて慰めてくれてもいいんじゃない?」


 できるわけがないだろう!? ぼくは本気で思った。


「それじゃあまるで出会い頭に連絡先を交換したがるナンパ野郎じゃないか。ぼくにそんな悪癖はない!」

「度胸もないもんね?」

「はいはい、どうせチキンですよ」


 ぼくとつかさが劇場を繰り広げていると、暗い表情で様子を見ていた桔花が()()と笑った。


「マジウケる。やっぱ二人って超お似合いじゃん。付き合っちゃえばいいのに」

「あー……」

「ええっとー……」

「え、何その反能? もしかして友だち以上恋人未満的なやつ?」


 言い得て妙というか、そのとおりすぎて何も言い返せずにいたぼくは、仕返しにつかさの脇腹を小突くしかできなかった。



 

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