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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#30 憧れと理想、何方にしたって真似事にしかならず


 強くなりたかった、と苗代桔花は言った。


 肉体的に強くなりたければ格闘技を習えばいい。しかし、此処で言う強さとは、身体的な強化でもなければ他人を害する技術でもないのだろう。


 それでも強いてジャンルに分けるとするならば、護身術に近いのかもしれない。身を護ると書く『護身』ではなくて、心を護ると書いて『護心術』だ。


 身と心は同じ読みをする。音読みと訓読み。音の響きと教訓。ならば、『護身術』と書いて『心身共に護る』という意味にもなるのではないか。とか、そういった小難しい話は、漢字博士にでも尋ねたほうが明確な答えを出してくれるだろう。


 桔花が求めた強さは漢字辞典を引いて得られる膨大な知識ではない。言うなれば、精神的な支柱であり、自らの足で衝撃に耐える胆力である。


 そして、それを体現していたのが、ギャル、だった。


 中学二年生の桔花には、渋谷や新宿、都心を我が物顔で(ばっ)()する年上のお姉さんたちを見て、少なからずそんな感情を抱いた。


 しかしどうして、強くなりたいと願ったのだろう。


「さっきも言ったけどさ、ウチ、それなりに、普通に悪いことをしたことがあるんだ」


 悪い()()を、した()()がある。

 何だか妙な言い回しに聞こえた。


 音にすればそこまで違和感はないけれど、文字にすると『こと』が二回も続いて、『ことことじっくり煮込んでやろうか』ってツッコミたくなる表現だ。『指を指す』や、『近い最寄駅』に通ずるものを感じる。


 まあ、言葉の揚げ足を取ってもぼくには益体もないのだが、ツッコむべきはところはそこではなくて、()()()()()()()()()()という点だ。普通、悪いことはしない。当たり前すぎてついうっかり聞き漏らしそうになったじゃないか。


「中学生がする悪いこと……万引き?」


 つかさは顎に人差し指を当てて逡巡し、ぱっと思いついたような軽犯罪の名前を挙げた。


 軽犯罪というと軽い罪と思われがちだが、万引きの被害額を年間計算すると『万』では済まない額になる。下手をすれば一つの会社を傾かせ兼ねない。軽はずみによる犯罪行為、と書けば、罪の重さも理解できるだろうか。


「いやいや、ウチがしたのは他人を傷つけるほう」


 そんなことするわけないじゃん? みたいな調子で軽々しく言っちゃってるが、他人を傷つけるのは傷害罪で、何方にしても立派な犯罪じゃないか!


 ツッコミを数える単位を『一ツッコミ』とすると、ぼくは後何ツッコミ呑み込まなければならないのだろうか。そう考えれば考えるほど、頭痛が痛くも、痛々しくもなってくる。


「でもそれも、やりたくてやってたわけじゃないんだよね」

「やらなければ次のターゲットが自分に向くから」

「正解。それを理解してるって、やっぱりつかっさんの闇ってウチが想像するよりもエグそう」

「話の流れというか、そういうのって何処の学校にもあるでしょう?」


 そう、何処にだって、ある。


 整備された道路を淡々と歩いていて、不意に何かに足を取られて転んでしまうみたいに何処にでも起こるのだが、転んでしまった事実を当人は恥じ、どうにかひた隠そうとする。


 転んだ自分が悪いから。

 痛いのは自分だけだから。

 これ以上痛くなりたくないから。 


 何に転ばされたかは秘匿して、転んでしまった事実を自分のせいにして、「本人もそう言っていることですし、子ども同士で遊んでいただけでしょう」と、教職員が保身に走るまでがワンセット。


 学校は子どもを守るけれどその首尾は(ざる)()の如く、死なない限りは擦り傷にしたいのが見え見えだ。もっと酷い学校では、教師の体罰すらも生徒に責任を押し付ける有様。


 誰が悪いのかなんて、言うまでもない。


「だからウチは強くなりたかった。嫌なことを嫌だって言える強さがほしかったんだ」

「その答えが『ギャル』だった?」

「うん」


 つかさの問いに、桔花は深く頷く。


「女子高生は最強で、その中でもギャルは頂点に君臨するって教わった」

「……」


 頭痛でもするかのように目頭を抑えたつかさの代わりに、


「参考までに教えてほしいんだけど、桔花にそれを伝えたのって誰?」

「えっと……」


 急に歯切れが悪くなった。

 ばつが悪そうに体をもじもじさせる。

 罰が悪いのは悪いことをしたからだ。

 巡り巡って返ってきた。

 と、そう思ってもらう他にない。


「……それ、言わなきゃ駄目?」

「教えてくれると『マジでギャレる』」

「――っ!?」


 意味不明すぎる単語を口にした瞬間に見せた桔花の表情を、ぼくは見逃さなかった。


「そういうことか。――桔花という人間を何が構成しているのか、粗方理解したよ」

「ともえ、どういうこと?」


 ぼくの左肩を揺さぶるつかさは話が読めていない様子だが、無理もない。幾ら勉強ができても、知識が豊富であったとしても、興味のないモノに対しては無頓着というのが人間の性質だ。


 しかもそれが『ネット文化』であれば、つかさの興味が向かないのも当然と言える。


「桔花が影響を受けたのは、ギャル系バーチャルライバーの『よてゃん』だね」

「よ……てゃん……?」

「3Dアバターを用いてネット活動をしている者。 Virtual(バーチャル) Liver(ライバー)、略してVLとも呼ばれてるけど、つかさもそれくらいは知ってるよね?」

「それくらいなら……」

「で、件のよてゃんもそれ」 

「それ言うなし! よてゃん超ギャルかわいいし! マジギャレるかんね!?」


 まあまあ、と桔花を宥めて、ぼくは説明を続けた。


「さっきからちょくちょく飛び出す意味不明なワードはよてゃんが作った造語で、肯定やナイスの意味合いで使われるんだ」

「ともえ、詳しいね」

「つか、つかっさんが時代遅れなんだって。よてゃん、めっちゃバズってるよ!? 七月にはヨニクロとコラボするし! ウチ、普通に買うかんね!」


 リーズナブルで、尚且つ、ファッショナブルな服を取り扱う大手ファッションブランド『ヨニクロ』とのコラボは、それだけ『よてゃん』のネームバリューをヨニクロが評価したってことだが――これはかなりどうでもいい情報だった。



 

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