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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#29 漸くして、彼女は語り始める


 ぼくは、ギャルではない苗代桔花を見たことがない。


 そもそも『ギャル』とは何なのだろう。

 概念?

 生き様?

 それともファッションを指す言葉なのか。


 ギャルになった瞬間に自己中心的な言動をするようになるのだとすれば、一種の伝染病のようにも思えてくる――さすがに失礼すぎる物言いだな。前言撤回。


 伝染病ではなくて、リバーシのような物だとしよう。


 表立った特徴もない地味で真面目だった女子中学生が、陽気なギャルと付き合うようになり、ギャル友だちの大胆な行動と服装に憧れを抱いたとする。


 これまで「品行方正に生きなさい」と厳格な両親に躾けられてきた女子生徒が、ギャル友だちの思考回路を理解するのにどれだけの月日を要するかはさておき、ギャル友だちと一緒に過ごす日々は、カルチャーショックの連続であることは想像に容易く、今までの自分が阿呆らしく思てくるのも無理はない。


 憧れとは、そういうものだ。


 自分も彼女のようになれたらと、最初は服装を変化させ、それでもまだ遠いと髪色と髪型を近づける。


 だがしかし、幾ら外見を着飾ったところでギャルの真似事でしかないことに気がついた彼女は、ついに口調を()()()()()()した。


 そうすると、どんな変化が起こるだろうか。


 先ず、真面目だった自分と同種のクラスメイトは「彼女、変わったよね」と言って去っていくだろう。


 次に、ギャルの仲間たちが彼女に近づき、「そっちのほうがいいじゃん!」と声を掛け、無事に仲間入りを果たした暁には、『品行方正な自分』が『ギャル』に裏返るのも時間の問題だ。


 ついに憧れだったギャルに成り代わった彼女は、もう留まらない。


 蛹が蝶々に進化すれば空を飛ぶのも当然で、木の枝と地面を這う生活には戻れない。


『殻を破る』とはよく言ったものである。


 そうすると、ギャルというのは生き様のように思えてくる。ギャルであろうと性格まで変化させてしまうのだから、これはなかなか馬鹿にできない現象だ。


 勿論、趣味でギャルをやっている人もいれば、ファッションとしてギャルをしている者だっている。


 それらに属する者たちは、根本的に『陽気な性格』だったわけで、部屋で毎日、当たり前のように机に向かって勉強したり、読書したりしている真面目な人間がギャルを目指すとなると、『真面目な自分』を捨てる覚悟が必要だ。


 両親の反発も尋常ではないだろう。

 仲がよかった友人たちとの決別も辛い。

 新しい世界でやっていけるのか、という不安もある。


 しかし、自由に空を飛び回る蝶々たちの華々しい日々に触れて、憧れてしまった。


 ――私も彼女たちのように自由でありたい。


 そう望んでしまったら、焦がれてしまったら、その衝動を抑え込むのは不可能だ。


 そうして。


 彼女は『ギャル』として生きる覚悟を決め、自分の背中にも羽根があると信じ、一番高い木の頂点に登り、彼女は、苗代桔花は、自由なる空へと羽ばたいていったのであった。


 ……と、ここまでの壮大なサクセスストーリーが桔花の口から語られていたわけではない。


 これらはあくまでもぼくの想像で、空想で、妄想だ。

 あったかもしれない過去、又は、誇張した昔話。

 はたまた、胡蝶の夢とでも言おうか――蝶、だけに。


 漸くして、苗代桔花は語り始める。



 * * * 


 

「ウチね、中学二年の夏までは、普通に普通の女子中学生やってたんだ」


 ぼくの昔話を経て感傷的な気分にさせてしまったのか、桔花は神妙な面構えで開口した。


 普通に普通の女子中学生とはどういう女子中学生を指すのか、そもそも桔花が繰り返し言うところの『普通』とはどういう意味だろう、と常々疑問に思うのだけれども、そこにツッコミを入れて話を中断させたくはない。


 魚の小骨よろしく喉に引っ掛かった疑問をつかさ特製レモンサイダーで流し込んで、


「中学二年の夏に何があったの?」


 桔花に訊ねる。


「今までの自分を投げ打ってまでギャルになる決意をしたってことは、それ相応の理由がなくちゃね」


 つかさの言うとおりで、ぼくはそれを『ギャル友だちの影響を受けた』と仮定していたのだが、先ほどの桔花の口振りを鑑みると、他人に影響を受けた感じはしなかった。


「何の変哲もない退屈な女子だったって言ったら驚くかもしんないけど、まさにそのとおりで、地味ではなかったものの、パッとしない女子だった」

「私も、ともえも、過去に何かしらあったし、桔花だって何かあるんじゃないと予想はしてたから、今更になって驚きはしないかな」

「あー、つかっさんはともちー以上に闇が深そう」


 闇の深さに序列があるとは知らなかったが、まあ、痛みのレベルは確かにある。


 箪笥の角に足の小指をぶつける物理的な痛みがレベル5だとして、他者から受けた精神的苦痛はその倍、と仮定すれば、女子と男子を行き来するつかさの苦悩は想像を絶する痛みだ。


 ぼくに付けられた不名誉なあだ名、『オトコオンナ』が霞んでしまう程度には、酷い仕打ちを受けていただろう。


「私の話じゃなくて桔花の話でしょ?」

「ごめんごめん」


 桔花は三杯目のメロンソーダを一口飲んで、話を続けた。


「それまでいい子を演じていたわけじゃないし、ちょっとした悪いことだってやったりもしてたよ」


 ちょっとした悪いことの代表格は、蟻の巣に悪戯するとか、蜻蛉の羽根を毟ってみるとか、生物に対しての残虐非道な行為だけど、そうではなく、桔花が言葉を濁したのは法に触れる軽犯罪だ、とぼくは勝手に解釈した。


「それでもまあ、今と比べると地味だったねー……」

「合唱部だったし?」

「それは関係なくない? あ、でも、テニス部みたいな部活動よりは地味か」


 合唱部がテニス部より地味というイメージはないけれど、桔花はそういうカーストが存在する中学に在籍していたのかもしれない。


 運動部は花形で、文化系の部活は舞台裏みたいな。


「ギャルに転向したきっかけ、だよね。――ウチ、強くなりたかったんだ」


 和気藹々としていた桔花だったが、その表情を一変、曰く言い難しを体現するかのような重々しいものに変様させたのであった。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] ギャルは自衛だと思います。
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