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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#28 逃げ道を絶たれた彼は、後戻りもできそうにない


 同年代の男子が月に一度、母親の指導を受けながら、自宅で女子になりきるなんてぶっ飛びすぎた話、極一般的な女子高生の感性を大分甘く見積もったとしても、依然として、許容できるものではないだろう。


 日頃から()()()()()()()()()に触れていればまだ、情状酌量の余地はあるけれど、ぼくの目の前に座るギャル・苗代桔花がそれを受け入れられるのかは、二つのサイコロを振ってゾロ目を出すくらいの確率だった。


 つかさの合いの手で興が乗って、多くを語りすぎてしまったのもいけなかった。


 反省はする。

 しかし、賽は投げられた。

 否、投げてしまった。


 すごろくゲームの駒を進めるが如く嬉々としてサイコロを振ってしまった後ではもう、『半』か『丁』の何方かに張るしかない。


 天井部分に取り付けられた二つのスピーカーから流れる新着情報のコマーシャルが、静まり返った部屋に殊更虚しく響いていた。


 ぼくも、つかさも、桔花だって、それらの情報には全く関心がない。


 それでもミュートにせず流し続けているのは、『静かすぎる部屋が苦手だから』と帰宅早々にテレビを点け、BGM代わりに静寂を誤魔化すような感覚に近いのだろう。


 それはまあ、どうでもいい。


 ぼくが考えなければいけないのは、桔花がどういう反応を示すか、だ。


 好転的な意見であれば流れに身を任せ、否定的なリアクションであれば「そういう考えもあるよね」と納得した体を見せる。


 うん、無難だ。


 というか、こんな無難な回答しか思いつかない自分の頭を恥るべきだろうか。


 一向に口を開こうとしない桔花はというと、ようやく口を開いたかと思えばコップに刺さっているストローに唇をつけて、思いっきり吸引した。


 三分の一ほど残っていたメロンソーダは瞬く間になくなって、ゴロゴロゴロ――、エンプティーを知らせる間の抜けた音が鳴る。


 その音が妙に滑稽で、部屋に張り詰めていた緊張感を弛緩させた。


「桔花、行儀悪いよ」


 つかさにマナーを指摘されてむっとした表情を見せた桔花は、


「えー? でもさ、このゴロゴロを聴かないと飲んだ気しなくない?」


 独特の見解を述べた。言わんとすることはわからなくもない。麺類を食べる際に、ズルズル――、と音を立てて啜るみたいなものだ。


 とはいえ、桔花の行儀の悪さは喫茶『ロンド』でもあった。


 ぼくは指摘しなかったけれど、ストローを使ってブクブクさせるのは如何なものだろう。まだ年端もいかぬ幼子がしているなら微笑ましいが、十五、十六歳の少女がする行動ではないように思う。


 ……そう言えば。


 桔花はついさっき、自分の一人称を『桔花』と苗字で呼んでいたが、これにしたって幼さを感じる行動の一つと言える。


 何だかまるで外見の中身が合致していないような、小さい子が背伸びをして大人を演じているみたいだ。


 それが本当だったとすると、自己紹介する際に『ギャルやってます』といった台詞にも、含むところがあるのではないか? と訝ってしまうのだが……。


「ジュース取ってくるけど二人はどうする?」

「あ、私もいく。ともえは何が飲みたい?」

「そうだなぁ……コーヒー以外で。糖分が補給できて、尚且つ、口の中がさっぱりするのがいいな」

「つまり?」

「サイダー。フレーバーはお任せするよ」


 話を進めるのは、飲み物を交換してからでもいいだろう。

 学校をサボった分、時間は余るほど残っているのだから。



 * * *



 二人がドリンクバーにいっている間、ぼくはテーブルメイクをして時間を潰した。


 紙ナプキンでコースターの代用をしても結露の全てをカバーし切れず、水滴がちらほらと落ちている。それらを紙ナプキンで綺麗に拭き取り、ついでに、食事の空き皿をテーブルの奥まで追いやってスペースを確保した。


「おお、何か綺麗になってる!」


 戻ってくるなり片付いたテーブル見て、開口一番に桔花が大袈裟な声を上げた。


「ともえって綺麗好き?」

「そういうわけじゃないけど暇だったから」

「なんか、ともちーって几帳面そうだよね、普通に」


 自分ではそこまで几帳面を全面に出しているつもりはないけれど、言われてみれば確かに、地道にコツコツするのが得意なのは几帳面がゆえかもしれない。何でもかんでも理路整然としなければ落ち着かない、なんてことはないけどね。


「飲み物も行き渡ったところで桔花に質問だけど」

「うん。なに?」

「ぼくの身の上話を聞いてどう思った?」

「え。いや別に、どうとも思わないけど」


 ……あれ?


「だってともちーって普段から女子っぽいし」

「――えぇ」

「だから親に女装を強要されてるとか言われても、普段のともちーと何が違うの? みたいな」

「そんな馬鹿な……」


 ぼくが愕然としているその隣で、つかさが笑いを噛み殺していた。


「それに、ともちーはともちーじゃん」


 ……はい?


「どういう意味?」

「ともちーって意味」


 ねえ、意味がわからないよ。


「ともちーは嫌かもしんないけど、それを承知した上で言うんだけど、ウチ、ともちーを異性として認識できないんだよね」

「よく言われます……」

「だから今も女子三人でカラオケパーティー的な感覚なんだー」


 要は、男子としての魅力は皆無ってことだ。


 それを現役女子高生ギャルに言い渡されてしまったら、どう(あげつら)ったって否定のしようがない。――まあ、そのとおりではある。


 自分で言うのもなんだけれども、ぼく自身、男性的な部分と言えば、男子高校生月並みの感性と、下半身にぶら下がってるモノくらいしかないわけで、それを度外視してしまえば、見た目だけを言うのであれば、周囲の反応が全てを物語っていると言っても過言ではなかった。


「つかっさんもそれでいいんしょ? 男子の時と女子の時、見たそのままで、考えるな感じるんだ系で」

「私の場合はそれでいいんだけど――ともえ、大丈夫?」

「……大丈夫だ、問題ない」


 神は何も言ってくれない。当然だ。ぼくは無宗教者で、お正月と法事の際だけ仏教の教えに従う半端者である。


 神様だって毎年五円しか賽銭箱に入れない者を救いたいとは思わないだろう。――随分と現金な神様がいたものだ。


「それ、普通に駄目なやつじゃん。ともちーマジごめん」

「まあでも、受け入れられないよりはマシだからいいよ」


 この程度の負傷、中学生時代に受けた精神的苦痛に比べれば擦り傷だ。


 取り敢えず精神的な治療ができる衛生兵を呼んでくれる? とつかさを見たら、


「ともえは彼氏じゃなくて彼女でいたいのかな? でも、男性らしい部分がないわけじゃないし……ううん、男子にしておくには勿体ない逸材だよね……やっぱりちゃんと女性服を着せてあげなきゃ……」


 母さんみたいなことをぶつぶつ呟いていて、ぼくは逃げ場を失ったのであった。



 

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