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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
74/82

#27 これではまるで、釣り人が魚に釣られるような話である


 人生初のカラオケは、静寂に包まれていた。


 ついさっき、自分の一人称を言い間違えた張本人が、「あ」という声と、「しまった」って表情をするものだから、ぼくも、つかさも、桔花の凡ミスをフォローしようと考え倦ねて、結局、気の利いた言葉が見当たらないでいる。


 桔花の一人称は『ウチ』だと思っていた。


 チャラーズだった頃もそうだったし、チャラーズじゃなくなった時もそうだった。『ウチ』こそが苗代桔花の自称だと、この時までずっと疑いもしなかった。


 しかし、よくよく考えてみると、ぼくだって女装している際は一人称を『わたし』に変えている。


 家族の前と友人の前とで一人称を使い分けている人がいたとしても、何らおかしいことはない。


 それが顕著になるのは両親に対しての呼び方だ。学校、つまるところ他人の前では年相応に『父さん・母さん』と呼んでいても、自宅に帰れば『パパ・ママ』だったりする。


 実際、ぼくも女装時だけ、『パパ』呼びと『ママ』呼びを強要されているわけで、そこに関して兎や角言う資格はないだろう。


 ……そうなのだが、どうにも引っ掛かる。


 浅い付き合いではあるけれど、ここまで苗代桔花と接してきて違和感を覚えたのは一つや二つではない。


 純文学がすきだったり、根が真面目だったり、藤村謙朗を『オタクくん』呼ばわりしていながらも自身だってネット文化に明るかったりと、叩けば埃が飛び散る布団のようだ。


 そうなると、『苗代桔花はギャルである』と一方的な価値観を押し付けていただけなのではないかと疑問になってくる。


『ギャルと言えばこうだ』などと勝手にイメージして、その実、『苗代桔花』という一人の女子生徒と向き合っていなかったのではないか。


 ――そうだよね、もう、こんな風にノリとその場の勢いで騒ごうとしなくていいんだ。


 この言葉を聞かなければ、興味もないカラオケ店に入ろうだなんて提案はしなかった。


 小谷野純平の暴走を止めるよりも先に、桔花自身が抱える闇をどうにかしなければいけない。


 何と言うか、勘違いかもしれないけれど、二つの問題は別々に見えて何処か通じているんじゃないかって――そう思ったのだ。



 * * *



 場を取り繕うように五曲立て続けに歌った桔花の歌唱力は抜群で、目を見張るものがあった。


 これほどの歌唱力を持っていれば、自ずと「歌いたい気分」になるのも頷ける。


 選曲は全て流行りの曲だった。


 ヒットチャートにランクインしているロックバンドのラブソング、動画サイトで話題になったマイナーアーティストのフォークソング、今や世界各国にファンがいる一風変わった曲調のソロアーティスト、歌姫の異名を持つ歌手のポップソングと続き、最後はド定番と称されるアイドルソングで締め括った。


 アイドルソングを歌っている最中に注文した料理が届いて、ぼくらは桔花に感想と賛辞を送りながら食事を終えた。


「お腹も満たされただろうから本題に入ろうと思うんだけど」


 そう言うと、リラックス状態だった桔花の表情に緊張の色が現れた。


 別に取って食うわけじゃないんだしそこまで身構えなくてもいいよと付け加えてみたけれど、表情は一向に硬いままメロンソーダが入ったコップを両手で握り締めているばかり。


 これでは話を進められそうにない。

 先ずは、桔花の緊張を解す作業から始めてみよう。


「ぼくにメロンソーダをぶち撒けるのは遠慮してほしいなぁ」

「そ、そんなことしないし!」

「私にはしたけどね」

「それはつかっさんがやったから!」

「確かにあれはつかさが悪いよ」


 と苦笑すると、


「やりすぎたのは認める。でもまさか、コーヒーで仕返しされるとは思わなかったなぁ」

「手を伸ばして届くとこに置いたともちーが悪い」

「そうね。それはともえが悪い」

「なん……だと……」


 どうにもこの友情タッグは盤石で、ぼく一人では太刀打ちできそうにない。


 拳と拳で殴り合った者同士が熱い友情で結ばれるのはわかる。だが、水とコーヒーを掛け合った者同士に友情が芽生えるのは珍しいケースだ。これがもしミステリ小説の中だったら、殺人の動機にさえなっていただろう。


 桔花が笑っている様子に安堵していると、ぼくの服の裾をつかさがちょいちょいと引っ張った。


 本題に入る前に雑談を設けた意味を理解していた模様。だからこそ、桔花の暴論に同意して、「味方がいる」と証明しようとした。――つかさらしいやり方だなぁ。


「ところでなんだけど、桔花は家と外で一人称を使い分けてるの?」

「うげっ。そこはスルーしてくれてもよくなくない? まあ、そうなんだけどさぁ」

「私は『ウチ』よりも可愛いって思うよ?」


 つかさの言に同意するように頷いてみせると、ドンッ――、テーブルが揺れた。動揺しすぎて膝をテーブルの裏に打ち付けたのだろう。テーブルを揺らした本人が、一番驚いた表情をしている。


「マジでムリ寄りのムリだから! ほんっとに無理!」

「別に恥ずかしがることでもないじゃない。ねえ、ともえ?」

「ここでぼくに振るのは悪意を感じるんだけど……」

「え、ともちーもそなの?」


 他人のプライベートを暴こうというのに対価を支払わないのは筋が通らないかと、ぼくは溜息を吐いて降参のポーズを取った。


「これから話す内容は他言無用で」


 そう枕詞を置いて自分が女装するに至った経緯を、一から十まで順当に、洗いざらい、赤裸々に白状した。そして、幾ら何でも話しすぎたと思った。


 要点だけを掻い摘んで、適当に纏めた話でもよかっただろうに。


 例えるならば、百円の買い物で一万円札を出すようなものだ。無論、その行為自体に罪はない。罪はないのだが、一万円札をこれ見よがしにひけらかしているような気がしてくる。


 不幸自慢程度に済ませる予定だったはずが、上手いタイミングでつかさの合いの手が入り、あれやこれやと夕飯のおかずを差し出してくる田舎の好々爺よろしく、ついつい饒舌になってしまったのだった。



 


『修正報告』

・2022年6月12日……誤字報告箇所の修正。

 報告ありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] 一人称が名前もなかなかだけど、「うち」も結構あざといですよね。 たまに使いますけど。
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