#26 その場所は、その人の隠された部分を暴くらしい
五階建て雑居ビルの二階にカラオケ店の受付があるらしい。
カラオケ店に続くエレベータは一階部分の携帯ショップの隣、立ち入るのを躊躇してしまいそうな狭い空間にある。
桔花は何度もこの店を利用しているようで、臆することなく進んでいくが、ぼくとつかさはあまりにも事務的な風貌に、「本当にいいんだよね?」と、つい顔を見合わせてしまった。
「マジウケるんですけど。つか、そんなにビビらなくていいって。ここにちゃんと書いてあるじゃん? ほら、『カラオケドンドン!』ってさぁ」
桔花が指を向けた先にある壁を見ると、これまた事務的な銀プレートのフロア案内が貼り付けられていた。
この案内通りだとすると、2Fから4Fまで『カラオケドンドン!』が占めている。
5Fは『立ち入り禁止』の文字が記されており、エレベータが停まるのも4Fまでだと注意書きがあった。5Fにはカラオケドンドンの事務所か倉庫、はたまたキッチンなんかがあるのだろう。
エレベータ内の文字盤にはしっかりと1から5までの数字があるが、点灯しているのは4Fまで。
従業員が利用する際は、文字盤の上部にあるキー差し込み口に専用のキーを挿入して5Fに進む――と、ぼくは予測を立てた。
「あ、このQRコード登録しといてね」
桔花に言われるがまま、エレベータの鏡面に貼り付けられている『友だち追加でお得な情報をお届け!』チラシの左角に刻印されたQRコードをスマホのカメラで撮影し、友だち追加したところで2Fに到着した。
エレベータを出て真正面に手動のガラスドアがある。ここがカラオケドンドンの正面入口で、ドアを開けて直ぐ受付が設けられていた。
ドアを開くや、受付カウンターの奥に待機していたお姉さん――大学生だろうか――が恭しく一礼と共に、「いらっしゃいませ」と笑顔を作る。
清潔感のある店内然り、教育が行き届いた従業員然り……なるほど、これが若者たちを魅了して止まない『カラオケ』というものか。
もっとこう、証明が明るくて雑然とした店内を想像していたのだが、観葉植物が置かれていたり、美麗なイルカの絵が飾られていたりと、要所要所に雰囲気作りの拘りが散見する。
まるでホテルのロビーみたいだ――などとひとりごちていると、つかさに左肩を叩かれた。
「桔花が、クーポンを見せて、だって」
「ああ、うん。ごめん、ぼーっとしてた」
友だち追加で送られてきた『ドリンクバー無料』のクーポンをスマホの画面に表示させて、受付のお姉さんに見せた。
そういえば、今まで店内ばかりに気を取られていたけれど、お姉さんが着用している制服も何処かホテルのコンシェルジュを連想させる。
大人の世界に足を踏み入れてしまったかのような場違い感に陥ったぼくは、唐突に料金設定が気になって、受付カウンター前に置かれた、料金案内が挟んであるイーゼルに目を向けた。
「十八時までのフリータイムが792円って……安い?」
「その代わり、ドリンクバーの値段が440円で割高ね」
つかさがぼくの補足するように小声で言う。……そうか。だから桔花はエレベータで仕切りに、「友だち追加しろ」と言っていたのか。
ドリンクバーの料金を別途取られた場合、フリータイムとドリンクバーを合算した値段に跳ね上がってしまう。しかし、ドリンクバー無料のクーポンが使えると、途端にとっつき易い印象になるから不思議だ。
お札一枚で済むともなれば、学生たちも気軽に寄れるというもの。
支払いは後払い式で、桔花が受付のお姉さんから部屋番号が記載されたレシートが挟んであるバインダー、二本のマイク、リモコンなどが入ったアジアンテイストな籠を受け取ると、「我に続け」とばかりに先陣を切った。
* * *
ぼくらが通された部屋は、3FのBー8号室。アルファベットは部屋のサイズで、数字は部屋の番号だろう。
桔花がチャラーズを引き連れてきた時は、4FのCー2号室だったらしい。
チャラーズを集めると六人から八人ほどとなり、彼らを全員収容するともなれば広い部屋を当てがうのも当然だ。
そうすると、Aが一番狭い部屋、Bが中くらい、Cが大部屋ということになる。
Cより上はないとは思うが、仮にあったとしたらVIPルームだろう。
こんな田舎でVIP待遇するほどの大物がくるとすれば、それこそ市長とか、市議会議員とか、市警の上層部辺りかな――接待でカラオケ? そんなの聞いたこともないけどね。
Bー8号室に入るとまず、アジアンチックな内装に圧倒された。
部屋の中心部分に鎮座する長方形の黒いテーブルをベッドに変えれば、ちょっとしたスパ気分である。
最低限に絞られた照明に気品のあるフレグランスが部屋中に満ちて、此処で勉強をすれば集中力も高まる――いや、高まるなんてものではない。高まりすぎて勉強に集中できるかどうか怪しいものだ。
どうやら土足厳禁のようで、ドアを入ってすぐに靴を脱ぐスペースがあった。小さいながらも靴箱が用意されていて、靴箱の中には外履き用のサンダルが用意されている。
ドリンクバーやトイレといった小間遣いに履いてくれという店側の粋な計らいだが、ここまでされると逆に畏まってしまう。まあ、有り難く使わせてもらうとしよう。
靴とスリッパを入れ替えて部屋の中に入る。
床は檜皮色の板張りで、中央のテーブルは掘り炬燵のようになっていた。
部屋の奥中央に配置されたモニターがやたらとミスマッチ感を醸し出しているけれど、さすがにモニターまでアジアンを出せないのは仕方がない。
モニターの音量がミュートになっているのは、アジアンな空気感を損なわないようにするためだったりするのだろうか。
つかさが座ったのは左側の一番奥、ぼくはその隣に、桔花は向かいに腰を下ろした。
「とりま何か食う? ここのピザ、普通にガチよりのガチでゲロうまだよ!」
普通とは『一般的』という意味で美味しさを表現する言葉ではない気がするし、ガチよりのガチってつまりは『本気』なのだろうけれども、『ゲロ』というフレーズがもう全てを台無しにしていた。
「私はロコモコ丼にしようかな。ともえはどうする?」
「折角だから、ぼくはこのグリーンカレーを選ぶよ」
「赤い扉……」
桔花が小さく何かを呟いた気がしたが、ぼくの耳には届かなかった。
因みに、ぼくが言った「折角だから」からの下りは、某クソゲーの主人公が言った台詞に準えたのだけれど――まさか桔花がそれに気付いて「赤い扉を選ぶぜ」なんて言ったりしたとかだったら、相応にネット文化に精通しているとしか思えない。
……ま、こんなマニアックなネタにぴんとくるわけないよね。
「つか二人とも、ウチのオススメは無視る系? ガン萎えなんですけどー」
「毟る系?」
「桔花が言ったのは『無視』に『する』の進行形を付け足した造語だよ」
「そうなんだ。ギャルって面白い言葉の使い方するのね」
「ねえ、解説すんのやめない? めっちゃ恥ずいんですけど……」
そういうノリはやめろと言われても尚、それでもギャルらしく振る舞おうとするからツッコミたくなるわけだが、これ以上揚げ足を取るような真似をしたら臍を曲げそうだ。
「ごめんごめん。料理の注文もそのリモコンを使うのかな」
「そだよ! 注文は桔花に任せて!」
そのつもりではあったんだけど……。
「……桔花?」
聞き慣れない一人称が違和感満載で、ぼくとつかさは声をハモらせた――カラオケだけに。
『修正報告』
・2022年6月12日……誤字報告箇所の修正。
報告ありがとうございます!




