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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#25 放課後の定番に、三人は赴く


 その後、大神萌がどうなったのかを、ぼくと桔花は尋ねなかった。多分、それが正解だ。幾ら十年前の話であったとしても、最愛の人を喪った悲しみまで思い出されるわけにはいかないだろう。


「よう、マスター。きてやったぞ。いつもの頼むわ」

「あいよ。――悪いな、話はここまでだ」


 常連の老人が一人で来店し、自分の指定席に腰を据えると、老齢の男性は袈裟懸けの革製鞄から一冊の文庫本を取り出して読み始めた。文庫本のカバーにフィルムが貼られており、図書館で借りてきた本だとわかった。さすがにここからではタイトルは見えない。


「ウチ、つかっさんのとこいくね」


 それだけを言うと両手でテーブルを押し付けて立ち上がり、振り返りもせずに階段を一段飛ばしでとんとん上がっていく。ぼくは桔花の姿が見えなくなるまでぼうっとしていたが居心地が悪く、ボックス席に移動した。


 手持ち無沙汰になってしまった。


 徐にスマホを取り出してみると、十分前につかさからメッセージが届いていた。真っ黒な待機画面のディスプレイに表示されるのはつかさの名前と、『メッセージが届いています』のアナウンスのみ。


 アナウンスウィンドウを横にスライドし、六桁の暗証番号を入力する。暗証番号を登録する際は、生年月日など、調べれば簡単にわかってしまう数字は避けるべきだ。況してや、1から6までを順番にだとか7の羅列なんてのは以ての外である。そこら辺、ぼくに抜かりはない。


 アプリケーションが起動して数秒後、トーク画面が映し出された。


『決まりだね』


 メッセージはたったこれだけ。


 一言も二言も、何なら十言くらい足りないメッセージだが、つかさが何を言いたいのかがわかる。ぼくも同じ気持ちだった。いや、教室での騒動がぼくの正義感に火をつけたのかもしれない。――正義感、か。


 ぼくの中に正義感なんて御大層なものがあったのなら、藤村謙朗を経由してぼくらの居場所を突き止めた桔花の話を聞いた時点で、「それは大問題だ」と立ち上がっていただろう。だから、火がついたのは正義感じゃない……怒りだ。


 つかさに「了解」とだけ返信をして、残りアイスティーを一気に呷った。



 * * *



 今年の最高気温を上回るほど太陽が頑張ってくれたおかげで、予想よりも早く服が乾いた。


 二人が着用していたおじシャツは洗って返すと申し出たけれど、大神さんは頭を振って申し出を断り、「二度とあんな真似はするんじゃねえぞ」と二人からシャツを受け取った。


「うわ、何この気温。もう普通に夏じゃん」

「これから梅雨に入るし、ある程度は落ち着くと思う」

「つかっさんは涼しそうでいいわー」

「誰かさんのおかげでシャワー浴びたもの」

「うげ、それは言いっこなしっしょ」


 二人の間にあった蟠りは、ぼくがロンドの一階で手持ち無沙汰にしていた時間に解消したらしい。


 とはいえ、つかさはそこまで他人に期待をしていなさそうだし、いつまでも根に持つようなこともなさそうだ。仮に今日打ち解けなかったとしても、明日になれば(ひょう)(ひょう)としていただろう。


 本来であれば今からでもススガクに戻って残りの授業を受けるべきなのだろうけれども、ぼくらの足はススガクとは反対側に進んでいる。


 夕方になれば学生たちで賑わう駅前も、日中はこんなものかと思うほど静かだ。


「取り敢えず暇になったし、カラオケでもいく?」


 カラオケ店の前で桔花は立ち留まり、その場でくるっと振り返ってぼくとつかさを交互に見た。


「ウチ、歌いたい気分なんだけど」


 双眸がキラキラ輝いている。

 歌うのがすきなのだろうか。


「ごめん、私はパス」

「ぼくも遠慮しておくよ」


 つかさに便乗したつもりはないが、ぼくは歌うのがあまり得意ではない。というか、低すぎて男性キーが出ないのだ。


 これまでの合唱という合唱の全ては、女子に混じってアルトパートを歌っていたほどである。それがどれだけ恥ずかしかったことか……思春期真っ只中のぼくには苦痛すぎた、


「はあ? 二人ともノリ悪くね?」

「ノリ、ね」


 何か物言いたげにつかさは呟いた。


「ノリが合わないといけないの?」

「そうじゃないけど……」

「私たちはチャラーズじゃないんだよ」


 あっれぇ?

 蟠りは解消したんじゃなかったのぉー?

 もしやこの二人、火に油なのでは?

 ……それを言うなら犬猿の仲か。


「――ちょっとキツく言いすぎたかな。ごめん」

「いや、今のはウチが悪かったかもしんない」


 一触即発な空気になって冷やっとしたが、一度でも水の掛け合いをすれば第二ラウンドのゴングが鳴る前に踏み留まれるのだとすると、あの暴挙も必要だったのではないかと思えてく――こなかった。


「そうだよね、もう、こんな風にノリとその場の勢いで騒ごうとしなくていいんだ」


 いきなり悄然とした態度になった桔花は、くしゃれウェーブの毛先を弄りつつ目を伏せる。小谷野純平に酷いことをされてもここまで寂しげな表情は見せなかっただけに、この変化が殊更に異様に感じた。


 何かある。――そう思わずにはいられない。


「じゃ、いこっか」

「いくって何処に?」


 勿論、行き先は、


「カラオケだよ」

「はああああああああああぁぁぁぁっ!?」


 何だかんだあってもつかさと桔花は息ぴったりに、叫び声を重ねていた。



 


 いつもご愛読、ブックマーク、いいね、ありがとうございます。皆様からの応援を糧に、これからも頑張らせて頂きます。


 by 瀬野 或

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