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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
7/82

#7 そういうもの


 順当にいけば『御門くん』が無難だが、相手のことを下の名前で呼んでおいて自分はくん付けというのも何だか変な感じがする。


 だからと言って『智栄』呼びは、周囲にいる人間に勘違いされ兼ねない。


 漫画のように吹き出しが出れば話は別である。智栄の字を見て女性を連想する人は先ずないだろう。でも、発した声が文字にならないのが現実。「ともえ」と遠くから呼ばれて振り向いた相手が男性だったら、胸中で「お前がともえかよ!?」ってツッコミを入れたなるのが道理だ。


 どうすれば不自然ではない呼び名になるだろう――あだ名はどうだ。


 高校一年生ともなれば、多かれ少なかれあだ名で呼ばれた経験があるだろう。田中くんだったら『たーくん』、佐藤さんだったら『さっちゃん』など、苗字から派生されたりもする。


 仮に、御門をあだ名にすると……『みーちゃん』。


 さすがになしだ、と思った。SNSで小動物系を自称する男なんて、漏れなく全員滅べばいいとさえ思っているぼくが、「みーちゃんって呼んで」なんて口が裂けても言いたくない。


 他にお手頃なあだ名はないものだろうか?


 記憶を遡ってみたが、基本的に『お前』としか呼ばれないぼくの唯一のあだ名は『オトコオンナ』だった。うん。それ、あだ名じゃなくて蔑称だよね。中学までの同級生たちは、容姿をイジるのはいけないことだって教わらなかったのかな?


 まあ、テレビでも、チビ、ハゲ、デブ、ブス、などと容姿イジりが飛び交うもので、道徳の成績ゼロであろうクラスの人気者たちがネタで、(てん)(しゅん)の快楽を追い求めるのもしょうがない。そうやって注目を浴びていないければ、人気者たちは直ぐに枯れてしまうのだ。


 思い出したら腹が立って、ついつい胸中で恨み節を吐き出してしまった――ええっと、何の話だった? ああ、ぼくの呼び方についてだったか。


「御門でいい」


 他の選択肢を用意させたくなかった。


「申し訳ないけど、苗字で呼ぶのは好みではないんだ。――御門から取って『ミカ』なんてどう?」

「だったら智栄から取って、トモ、のほうがマシかな」

「トモまで言ったら『え』までいくでしょう?」

「そういうもの?」

「そういうものだよ」


 つかさの中では『ともえ』呼びが固まったらしい。


 まあいいか。ともえって名前の男子はぼくだけじゃないし、小野妹子よりは男らしいとも言える。それに、最近は女性のようなペンネームを使う小説家やイラストレーターも多く、逆もまた然り。あまりにも柔らかい表現方法を使うものだから女性作家かと思いきや、実は男性で吃驚するケースもままあることだ。


 そう考えると性別って何なんだ? と思う。


 インターネット上では相手の顔や容姿を見ることはほぼない。自分の写真をアイコンにしているとか、記念撮影した写真をアップロードしていれば別だけれど、相手側が性別を公開していないのであれば、判断材料はユーザーネームと発言内容で想像する他にない。


 つまり、何が言いたいのかというと、男性と主張したいのならば、たとえ名前が妹子であっても堂々としていればいいってこと。『ともえ』と呼ばれても、脳内で『智栄』に変換すればいい。両親だってぼくを『ともえ』と呼ぶし、その応用だと思えば問題にすらならないだろう。


 よし、大丈夫そうだ。


「ね、ともえ」

「うん?」

「確認しておきたいんだけど、ともえはオトコノコでいいの?」

「男子って書くほうが正解」

「そっか」


 つかさが頷いたと同時に、教室の前方のスライド式ドアががらがらと音を立てて開く。ちょっとぽっちゃりした可愛らしい女性教員は、教室内を一瞥して教壇に上がり、「入学おめでとう」と朗らかに笑った。


 担任が優しそうな人でよかったと思う反面、個性が強すぎる面々が勢揃いのクラスを纏めるのは苦労しそうだ。


(おぎ)(わら)結乃(ゆうの)です。これから一年間、皆さんの担任を務めますのでよろしくお願いします」


 担当教科は英語。幼少時代をアメリカで過ごした経験を活かして英語教師の道を選んだと自己紹介を続け、軽く質疑応答の時間を設けた。


「荻原さんは独身ですかー?」


 中央辺りに座るチャラそうな男子が、軽率な質問を投げる。


 先生に対して『さん』は失礼に値するのでは? そう思うかもしれないけれど、ススガクでは先生に対して『さん付け』で呼ぶのが風習である。そのため、ちょっと困ったように「独身です」と笑う荻原さんも気にする様子はない。


「彼氏もいないの?」


 またしても俗な質問したのは、チャラ男の隣に座る、派手なメイクに派手な服を着たギャル風女子。私生活に支障が出そうなほどにピンク色の付け爪は長く、ラメでキラキラ輝いている。あの長さだと拳を握った際に手の甲を貫通するでは? ちょっとだけ心配になった。


「想像にお任せします。そろそろいいかな?」


 ある程度、というか、大半が荻原さんのプライベートについてだったが、それなりにクラスの雰囲気も和やかになって、質疑応答を終えようとする荻原さん――そんな時、「そっか」と頷いて以来、全く口を開かなかったつかさがすっと手を挙げた。


「荻原さんは男性に興味がないの?」


 あまりにも突っ込みすぎた質問に、教室がしんと静まり返る。確かに荻原さんは独身で、彼氏がいるとは言及していない。そればかりか、彼氏が云々の質問には、全ての返答を暈している。


 だからと言って、男性に興味がないわけじゃないだろう。


「その質問はさすがに駄目だよ」

「どうして? 恋愛対象が同性って、何かおかしい?」

「おかしくはないけど、事情もあるでしょ」

「ふぅん、ともえはそういう考えなんだ」


 質問を取り下げます、すみませんでした、と非礼を詫びたつかさだが、その件以降、ぼくと目を合わせようともしなくなった。



 


 ご愛読ありがとうございます。

 次回も読んで頂けたら幸いです。

 これからも宜しくお願い致します。


 by 瀬野 或

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