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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#21 ギャルの声は大きくてなんぼなのだろうか


 つかさが桔花に対して激昂した理由を知りたかった。


 あんな風に怒りの感情をぶつけるのは見たことがなかったというのもある。桔花の発言がつかさの逆鱗に触れたのは言うまでもないけれど、それにしたってやりすぎだ。


 しかし、桔花は桔花でぼくが飲み途中だったアイスコーヒーをつかさにぶち撒けたのだから、喧嘩両成敗で打ち止めとしたのだろう。


 ……あれ? これってぼくだけ損してない? 気のせいじゃないよね? 


 つかさのシャワーが終わるまで、庭に放置された野外用の白いガーデンチェアに座って待っていた。


 丸テーブルを挟んだ反対側に同じ椅子がもう一脚ある。椅子とテーブルはホームセンターに売っていそうだ。アンティークなデザインで、(おもむき)がある。


 鉄やら銅が素材だけあって座り心地は加味されていないが、庭を飾る用途であるなら問題はない。庭でちょっとしたホームパーティーを開く際には重宝しそう。外がもう少し涼しければ本を読んだり、昼寝するのもいいんじゃないかな。


 大神さんは戸建てに一人で住んでいるようだが、どうして二人分の椅子を用意したのだろう。シンメトリーに拘っている風にも思えないし、庭を飾るだけなら一脚でも充分に役割を(まっと)うするはずだ。


 そこから導き出される解は……。


「いや、こういうのはよくないな」


 頭を振って邪推を払った。


 誰しも詮索されたくない過去の一つや二つあるものだ。大人であれば尚更に、忘れたい記憶も増していく。運命的な(かい)(こう)、最愛の人との別れ、仕事での失敗、志し半ばでの挫折、選んだ道の後悔、それらに土足で踏み入るのは、行儀がいいとは言えない行為だ。


 直射日光を浴びながら庭の中心に置かれた椅子に座り、つかさのシャワーが終わるのを大人しく待っているのも、家主不在の室内で図々しく手足を伸ばすわけにもいかないし、そうじゃなくても大神さんに前以て「荒らすな」と釘を刺されているがゆえである。


 盗みを働こうなんて考えは毛頭ないけれど、万が一、ということもある。部屋に飾られている高価な調度品に触れて壊してしまったとか、そういう、万が一、に備えておくのも大切だ。


 それにしても、つかさもそろそろ戻ってきてもいい頃じゃないか?


 喫茶『ロンド』と大神宅の往復はそれなりに距離があるので、上半身は汗でびっしょりになってしまった。ぼくもシャワーを浴びたいが、あられもない姿で桔花を待たせていると思うと、一刻も早く戻ってあげないと可哀相だろう。


「ともえ、お待たせ」


 リビングの窓を開けてぼくを呼んだつかさの髪は、乾き切っていなかった。


 完全に乾くまでドライヤーの熱風を当て続けるとウィッグが痛む。耐熱仕様であれば気にせずブローしてしてもいいけれど、そうでない場合は風通しのよい日陰か室内での自然乾燥がベストだ。


 こんなことを知っているのも、月に一度の『特別な日』があってこそ。


 いくらお願いされても髪を伸ばさないぼくに「これではボーイッシュになっちゃうじゃない」と文句を言いながらも、その実、ウィッグ選びを楽しんでいたりする。


 二階の空き部屋を女装グッズ保管室へと改造したのは父だった。


 元々父は日曜大工が趣味だったこともあって、部屋を改造するのはお手の物だ。母と二人で意見を出し合い、インターネットで徹底的に調べ上げ、数年前に魔改造を施したのであった。


 母の部屋に収まり切らない服や装飾品類も、この部屋に保管されている。


 人間の頭部の大きさをしたプラスチック製のウィッグスタンドが並ぶ光景は、圧巻の一言に尽きる。夜中に見ると若干ホラーめいて気味が悪く、近づきたくはない。


 両親揃ってなにしてんの? と呆れてしまう一方で、ウィッグを被った自分の姿を鏡で見る度に、こういう自分も悪くないかもしれない、と思ってしまう辺り、ぼくも相当毒されてしまったようだ。


「ウィッグは外したほうがいいかも。風邪を引いちゃうよ?」

「やっぱりそう思う? はぁ」


 小さく溜息を吐いてウィッグを外すと、男性に扮する際に見るショートヘアが現れた。髪型をセットしている状態しか見たことがなかっただけに、スタイリングしていない髪のつかさはレアなのでは。ちょっとだけ得した気分だ。


「このウィッグはもう駄目ね。……お気に入りだったのに」


 ウィッグを洗う際に使う専用のシャンプーとリンスが、都合よく大神宅のお風呂場にあるはずもない。


 普通のシャンプーとリンスを使ってはいけないということもないけれども、長く愛用するなら絶対に専用の物を使用するべきだ。洗浄後のブラッシングも欠かしてはならない。高がウィッグ、されどウィッグで、地毛の代わりを果たす物だけあって繊細なのだ。


「因果応報だよ。さすがにあれはよくなかった」

「そう? 私はあれくらいやらなきゃわからないって思った」

「だとしても、だよ」

「私もちょっとだけ後悔はしてる。ともえとマスターに迷惑をかけちゃった」


 かけたのは迷惑だけじゃないでしょう? というツッコミは呑み込んで、


「ボーイッシュスタイルになったね」

「変じゃない?」

「ううん、いいと思う」


 黒のおじシャツに赤と白のチェック柄ミニスカートは、割と相性がいいように思う。


 ぱっと見だと派手なゴルフウェアを好むアイドル女子ゴルファーか、テニスプレイヤーみたいだ。ピーコックグリーンの一本線が襟を一週していて、それが殊更にスポーツ感を出している。


「こういう路線は頭になかったけど、案外悪くないかもね」

「これを機にゴルフかテニスする?」

「テニスは中学までやってたから、ゴルフかな。しないけど」


 そんな暢気な会話をしていたら、あっという間に喫茶『ロンド』に到着していた。


 つかさが二階に戻ると、またしても桔花の声が一階にまで響き渡った。


「遅い! ウチ、ほぼ全裸なんですけど!」


 ああもう、本当にあれなんだよなぁ……取り敢えず自重しろ。



 


『修正報告』

・2022年6月6日……誤字報告箇所を修正。

 報告ありがとうございます!

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