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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#20 彼女は原色しか知らない


 スマホの地図アプリを開いてメモ帳に書いてある住所を入力すると、現在地から目的地までの最短ルートが赤い線で引かれた。


 メモに走り書きした地図を頼りに目的地を目指すよりも、スマホの地図アプリに住所を打ち込んだほうが手っ取り早い。


 大神地図は大雑把すぎて、ぼくのような市外部の人間には難易度が高かった。


 大体、漢字の『井』みたいな地図に『ココ』と黒丸印を付けられてもな。この辺りに詳しい者でなければさっぱりわからんって感じで、無事に辿り着けるのかすらも危ぶまれる。


 スマホが普及していなかった時代はこんな大雑把な地図でもないよりはマシだったんだろうけど、せめて目印になる建物や近くにあるお店くらい近辺情報として書いてくれたっていいと思う。


 出発地点は喫茶『ロンドン』、地図アプリ上では正確な店名が表示される。それを見て、「そう言えばロンドじゃないんだよな」と、どうして店名を『ロンドン』にしたのか気になった。


 喫茶『ロンド』の外観、店内、店主、何処を取ってもロンドン要素はゼロだ。


 サー・コナン・ドイルの著書が置いてあったりもしないし、ロンドンの夜景の写真が飾られているわけでもない。もっと言えば、珈琲の本場は諸説あるが、エチオピア、コロンビア辺りであってUK(イギリス)ではなかったりする。 


 忘れていなければ、今度、大神さんに店名の由来でも聞いてみるとして――。


 目的地に設定した大神宅までの距離は、薄野駅からススガクまでを一往復半ってところだ。シャツを取りにいき、つかさを連れて再び向かうとなると、少々骨が折れる移動距離かもしれない。


 大神宅は薄野駅の反対側の集合住宅街にあるようだが、この距離を毎日歩いて通っているとも思えない。多分、通勤手段は自家用車だ。


 ロンドの近くに月極駐車場があるので、そこに車を駐めているのかも。


 どんな車に乗っているのか気になったけれど、渡された鍵は自宅のみ――セダンだな、それも旧車のやつ。


 勝手に想像を膨らませ、月極駐車場を通りすぎた。


 薄野駅の構内を一直線に横切って、反対側のエリアに出る。


 こちら側にくることはないと思っていたが、こういう理由で立ち入るとは、さすがに予想外だった。


 駅前の風景は(しょう)(ぜん)としていた。

 ススガク側の賑々しさが嘘のようである。


 乗客を待つタクシーも二、三台しか駐まっておらず、駅前にはコンビニが一店舗あるのみ。他の店はシャターが下りていた。


 まあ、田舎駅なんてこんなものか。


 地図アプリのルート案内に従って歩いていると、アスファルトの地面にスクールゾーンの文字を見つけた。


 マップを広げてわかったのだが、もうちょっと歩いた先に小学校がある。大神さんの母校だったりするのかな。


 今でこそ渋いちょいワル親父風の店主・大神さんにも、半袖半ズボンで校庭を走り回っていた時期があっただろう。


 少年時代の大神さんはどんな子どもだったのか。

 うーん、いまいちぴんとこない。

 実は大人しい性格だったとか。――まさかね。


 似たり寄ったりな家が並ぶ住宅地を歩き、ようやく目的地の大神宅に到着した。


 おお、これはまた……。


「……普通だ」


 流行りのデザイナーズ戸建てでもなく、築年数の古そうなオンボロ民家でもなく、至るところまで無難に攻めましたというキャッチフレーズがぴったりくる二階建て。


 クリーム色の壁に赤黒い三角屋根、ポストの形状は日曜に放送している国民的アニメのエンディングに登場する『あの家』にそっくりだ。


「おじゃまします」


 念のために断ってから庭に侵入して、物干し竿に干された洗濯物から適当に二着取ると、出る前に預かったビニール袋に畳んでしまった。


 しかしこのシャツ、明らかにおじさんセンスで桔花は絶対に文句を言いそうだ。つかさはどうだろう。緊急時だからしょうがないって割り切って着そうではある。


「――あ、下はどうするんだろう」


 今の今まで忘れてしまっていたが、つかさの今日の服装は、初夏の訪れを告げそうな白いワンピース一枚だった。それを脱いでしまうと裸同然である。


 困ったな。


 上はおじさんシャツでどうにか隠せるけれど、下を隠す穿き物がない。


 喫茶『ロンド』に戻る途中にある服屋に寄って、適当に選んで買っていくしかないか。


 この場合、おじさんシャツに合った物を選ぶべきか、それとも無難にジーンズを買っていくのが正解なのか、どっちなんだろう。


『それなら心配しないで? 桔花が穿いてるミニスカートを借りる予定だから』


 きた道を引き返しつつ電話してみたら、つかさはあっけらかんと言った。


 どうやら仲直りはできたようだ――安心したのも束の間、「ウチ、聞いてないだけど!?」と遠くの方から悲鳴にも似た声が聞こえた。


「仲直りできたんだよね……?」

『まあ、ね』


 これはどうも、急いで戻ったほうがいいかもしれない。



 * * *



 ロンドにとんぼ返りして、階段を一段飛ばしで駆け上がる。


 そのまま二階に進もうとして、階段に掛けた足を留めた。


 覗きの現行犯になるのは嫌なので、「服を借りてきたよ」と二人に聞こえるように声を出し、おじシャツの入ったビニール袋を二階に放り投げた。


「ありがと、着替えるからちょっと待っててね」

「ともちーマジ感謝だよー……え、なにこれ。もっとマシなのなかった系?」


 つかさと桔花の反応は予想通りだった。


「あのマスターがピンクを着るのって超意外だわー」

「ピンクじゃなくて桜色だよ?」

「桜もピンクじゃん」

「……そう、ね。もうそれでいいわ」


 あのつかさが折れた……だと……。



 

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