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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#19 何だかんだ、彼は子どもに甘い


 店主が持ってきたタオルで濡れた服や髪の毛を拭きながら、二階に通じる階段を上がった。


「言っておくがこの店に風呂なんてねぇからな? おい小さいの、お前は嬢ちゃんが脱いだコーヒー塗れの服を持ってこい。洗濯機くらいなら貸してやる。あまり時間をかけるなよ、染みになるからな!」


 二階の倉庫に到着したところで、一階から店主の大声が聞こえた。お風呂がないのは仕方がないとして、洗濯機は何に使っているのだろう。食器類を拭く()(きん)とか、そういった布類かな。洗濯洗剤は柔軟剤入りの安物かもしれない。


 つかさの服は高そうだし、生地が痛まなきゃいいけど。


 そんなことを考えていると、つかさは何の(ため)(らい)もせずに服を脱ぎ始めた。


「つかさ!? 脱ぐなら脱ぐって言ってよ!」


 高原に佇む少女チックな白の――その半分は茶色に濁っている――ワンピースを両手で下から捲り、下半身が露出する手前で声を掛けた。


 此処に男子がいるんだぞ、もう少し恥じらいってものがだな……まるで意に介さずにされると、男としての立つ瀬がないじゃないか。


 ぼくはその場で回れ後ろをして、つかさと桔花に背中を向けた。


「マスターに早くしろって言われたし、ともえになら見られてもいいかなって」


 そういう問題じゃないでしょう?


 おかしいな、つかさはもっと常識人だと思っていた。しかし、常識人は目の前の相手に水をかけるなんて暴挙に出ないか。


 状況によりけりではあるが、あの場ではつかさが全面的に悪い。


「ぼくは階段の踊り場で待ってるよ。脱ぎ終わったら投げて寄越して。――桔花はどうする? 被ったのは水だけど、洗濯する?」

「ウチはいいや。その辺に干しておけば乾くし」


 ワイルドではあるが、桔花はそれでいいだろう。問題は、頭から上半身にかけてコーヒーを浴びたつかさだ。


 髪の毛を水で濯ぐだけでもさせてあげたいけれど、お風呂場がないってことは洗面台も望み薄で、そもそも「頭からコーヒーを被った場合の対処」を店側も想定しているはずがない。


 階段の踊り場からは一階のカフェスペースの様子が窺える。


 店主さんがテーブルと椅子を拭いていた。常連の男性客から「すんげぇの見せてもらったよ」とでも言われているようで、店主は「見学料取るぞ」って返していそうな光景だ。


 二階の倉庫ではつかさと桔花が、濡れた服をどうにかしている頃だろう。会話らしい会話はなく、無言の気まずい空気がぼくのいる踊り場まで伝わってくる。


 下は大火事、上は洪水、これなぁんだ? と内なるぼくが問いかけてきた。なるほど、此処は実質お風呂ってわけだ。そんなわけあるか。


 なぞなぞでふと思ったことがある。あのまま服を脱いでいたら、つかさの性別が判明していたのではないか、と。


 ぼくは、突如として転がってきた千載一遇のチャンスを逃したってわけだ。いや、まだわからないぞ。後でこっそり桔花に聞けば教えてもらえるかもしれない。


 ……何を考えているんだ、ぼくは。そんなプライベートなことを聞けるわけがないだろう。


 仮に聞けたとしても信用はがた落ちする。「ともちーってそういう人だったんだ」って塵芥を見るような目を向けられれば、ショックのあまり一週間は寝込んで立ち直れそうにないぞ。


「ともえ、脱ぎ終わったけど、本当に投げていい?」


 念のために後ろを向いていて正解だった。それにしても踊り場の頭上にあるステンドグラスは綺麗だなぁ――なんて思いながら、


「うん。大丈夫だよ」

「じゃ、手前側に落とすね」


 数秒後、アキレス腱辺りに冷たい感触がした。放り投げたつかさの服が触れたのだ。つかさがその場を離れるまで待ってから服を拾い上げて、洗濯機を借りるために店主の元へ急いだ。


 洗濯機が止まるまで約二十分、それから干して――この天気なら二、三時間もすれば乾く。長く見積もって四時間コースって感じか。


 ススガクに戻るのは諦めたほうがよさそうだな。


 結局、桔花が着ていた服も外に干すことになったので、倉庫には下着姿のつかさと桔花がその身そのままで放置されている。ぼくはというと、いつまでも踊り場にいるわけにもいかないもので、一階のカフェスペースで待機していた。


「なあ、小さいの」


 階段に近いカウンター席で気まずそうにしているぼくに、店主は気遣わしげな声をかけた。


「お前さん、ちょっと俺の家まで一走りしねぇか?」

「それは構いませんけど、どうしてですか?」


 おいおい、と店主は首を竦める。


「二人ともあのままってわけにはいかねぇだろ。庭に干した洗濯物がある。この天気ならもう乾いてる頃だ。その中から適当なシャツを二枚選んで持ってこい。それと、コーヒーを被った嬢ちゃんにはシャワーを使わせてやれ――言っておくが、家を荒らすんじゃねぇぞ」


 メモ帳に自宅の住所と簡単な地図を書いて一頁分破き、それをぼくに差し出した。へえ、店主の苗字は大神っていうのか。メモ帳の下部にはロンドの電話番号が記載されている。道に迷ったら電話しろってことらしい。


「わかりました。いってきます」

「おう」


 大神さんに深々と一礼をして、喫茶『ロンド』を出た。



 


 いいね、ブックマーク、ありがとうございます。皆様の応援が執筆活動の支えになっておりますので、どうかこれからも応援を宜しくお願い致します。


 by 瀬野 或

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― 新着の感想 ―
[一言] 水かける方もかけるほうだけど、コーヒーはヤバいね。洗濯してもとれないかも? つかさくんはいつも情熱的。
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