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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#18 目には目を歯には歯を、水にはアイスコーヒーを


 つかさは桔花のバッグを両手で抱えるように持ち、体育館の前で待っていた。


 清楚な服とギャルブランドのバッグの組み合わせがチグハグで、桔花が「つかっさん似合わねー」と恥じらいもなく豪快に笑った。さすがに口にはださなかったけれど、ぼくもそう思う。ああいった気品のないブランドは、つかさには似合わない。


 合流後、ぼくらはそのままの足で喫茶『ロンド』に向かった。


 一限、二限とサボってしまったら三限と四限も出なくていいやって気にもなる。ロンドのマスターもススガク生徒の生態は熟知しているようで、ぼくらが入店しても「またお前らかよ」と悪態を吐くだけで、「学校に戻れ」とは言ってこなかった。


 ぼくはアイスコーヒー、つかさはアイスレモンティー、桔花はアイスストレートティーとチョコバナナマフィンのケーキセットをそれぞれ注文し、それらがくるまでにこれまでの経緯とぼくの見解をつかさに説明した。


 注文した品が各位に行き届きと、桔花はグラスを持ち上げる。「こういう時ってKPっしょ?」――いや、しないけど。そういうノリはチャラーズだけにしてほしいものだが、グラスを持つ手を一向に下げないので、致し方なくKP(かんぱい)しておく。


「このマフィンやば! ゲロウマなんですけど!」


 ゲロウマという単語が耳に届いたようで、奥にいたマスターが複雑そうに苦笑する。桔花的には最上級の賛辞を送ったつもりなのだろう。でも、ゲロって言葉にプラスの感情を抱くのは難しい。だって嘔吐(げろ)だし。マスターも喜んでいいものかどうかと思案顔だ。


 あっという間にぺろりと完食した桔花は、テーブルの横にあるメニュー表に手を伸ばして、『cake(ケーキ)』の項目を眺め始めた。ロンドのマフィンはずっしりと重く、一つ食べただけでも空腹は満たされるはずだが……あんなに細い身体の何処に二つめのケーキが入るのだろう。


「そんなに食べたいなら私が注文してあげよっか? そうすれば安くなるし」


 品にもよるが、ケーキ単品だと一番安いマフィンで三五〇円する。しかし、ケーキセットにした場合は一〇〇円の値引きがされてちょっぴりお得だ。つかさの分でも足りなければぼくも注文してあげよう。そう思ったけれど、桔花は頭を振った。


「やっぱやめとく。こういうのは次の楽しみにとっておくのがウチ流だから」


 それが苗代家の流儀――んなわけない。


「逆に二人は食べなくていいの? ここのケーキやばいよ? 普通に飛べるよ?」


 怪しい薬みたいじゃないか! 思わずツッコミそうになった。


「おい嬢ちゃん。褒めてくれんのは嬉しいけどよ。もうちょっと……その、言葉を選んじゃくれねぇかなぁ」

「ごめんねマスター。ウチ、いつもこんなだからさ? 許して?」

「ったく、世渡り上手かよ。――こいつはサービスだ」


 そう言って、中皿をテーブルの上に置いた。お皿には、サーモン、モッツァレラチーズ、オリーブの三種を乗せたクラッカーが九つ並んでいる。言葉はどうであれ、サービス品を出したくなるほど嬉しかったのは確かな様子。相変わらずこの店の主はツンデレだ。



 * * *



「ともえの見解に概ね同意かな。飲酒と喫煙が桔花の気を引くためだって言うのはちょっと微妙だけど、教室での態度からして小谷野くんなら考えなくもなさそうだなぁって思う。ノリと勢いだけで生きている人たちって、常識では計り知れない思考回路をしてるから」


 慎重に言葉を選んでいても、その内容は強烈なパンチが効いている。それだけつかさも小谷野純平に思うところがあるのだろう。ぼくだって腹が立ってしょうがない。


 できるのであれば言葉の暴力ではなくて物理的制裁を加えてやりたいところだが、ぼくのへなちょこパンチでは見るも無惨にハエが留まる。第一に、他人に暴力を振るった経験がない。


 殴ってやりたいと思っても自制心が働いてしまうのだ。だからこそ、格闘技の世界は凄いなぁと感心してしまう。格闘家たちは自制心という名のストッパーを解除する方法を知っているのだろう。強さに憧れはするけれど、自分がなりたいかと言われたらそうでもなかった。


「あんなに酷いことをされたのに、まだ愚行を止めたいって考えてる?」

「とめたいというか、やめさせたいとは思うかなー」

「どうしてそう思うの?」

「一応……友だちだし」

「そう」


 つかさは手元にあったレモンティーを一気に飲み干して、ぼくにアイコンタクトを取る。コバルトブルーの双眸が鋭い光を纏っている。まるで「ここからちょっと荒れるけど止めてくれるな」と言っているようにも見えて、黙して相槌を打つしかできなかった。


「桔花は本当に小谷野くんを止めたいんだよね?」


 空気が変わったのを肌で感じる。


「それは『友だち』だからなの?」


 ここまでのつかさは事実確認をしているだけだった。でも、アイコンタクト後のつかさはちょっと怒っているようにも――いや、ちょっとどころの騒ぎじゃない。あからさまに憤慨していた。


「何がいいたいわけ? ウチ、回りくどいの嫌いなんだけど」

「なら言うけど、桔花は自分が傷つきたくないだけでしょう?」

「は? なんそれ」

「友だちだから止めたい、友だちだから許したい、友だちだから、友だちだから……私も桔花の友だちだから、こうしても謝れば許してくれるんだよね?」


 つかさの手がぼくの水が入ったコップに伸びる。


「つかさ! それはだ……」


 ……遅かった。


 桔花は自分が何をされたのかわからないといった様子で暫し呆然と目を丸くしているばかりだったが、時間が進むにつれて状況を理解し、今度はぼくが飲みかけのアイスコーヒーに手を伸ばすと、それをつかさ目掛けてぶち撒けた。――どうしてぼくの水分を使いたがるんですかね、この二人。


「なにやってんだお前ら! ああもう、びしょ濡れじゃねえか。おい小さいの、お前は無事のようだな。ったく、どうしてこんなことになった? はあ……」


 それについてはぼくが訊きたいくらいだ。



 

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