#17 人気者になる条件を、彼女は無自覚に備えている
「結局のところ、小谷野くんとは付き合ったの?」
「いやいや普通にあり得ないって。ウチ、男子に興味ないし」
その言い方だと言葉足らずで、有らぬ誤解を招きそうだ。
男子に対して興味がないのではなく、『同年代の男子に興味がない』と言いたかったのではないだろうか。言葉一つ足りないだけで、がらりと印象が変わるものだ。いや、でも……まさかな。
桔花の言う『男子に興味がない』がそのままを意味する言葉であったなら、とんでもないカミングアウトを聞いてしまったのでは? しかし、桔花の夢はお花屋さんとお嫁さんだった。お嫁さんと発言したのも、相手側は男性を想定しているはずだ。多分。
「年下がすきってこと? それとも年上?」
「すきになったら年齢なんて関係ないしょ!」
「そ、そうかもね……」
これだけの情報では判断できないけれど、興味本位で「同性が恋愛対象なの?」なんて訊けるはずもなかった。
* * *
「今回の騒動の発端は、小谷野くんの逆恨みが原因?」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるかなぁ」
「どっち?」
「純平がめっちゃ気にしたらその線もあり得る……的な?」
小谷野くんの逆恨みで決定じゃん、とぼくは思った。それとも、「恨みを買う理由が見当たらない」とでも言いたいのだろうか。だとしたら、桔花は割と、頭の中がお花畑なのかもしれない。
告白について小谷野くんが何処まで真剣に考えているのかは不明だけれど、『告白をして振られた』という事実はいつまでも心に残る。ぼくはそこら辺の事情について明るくないし、他人に教授できるほどの経験もないが、心の痛みについては誰よりも理解できると思っている。
心の病を患った母を見てきた。
ぼくも過去に虐げられた経験がある。
桔花を悪く言うつもりは毛頭ないし、小谷野純平がやったことは限度を超えているから擁護しようもない――が、こうにも煮え切らない態度を取られては、少々無神経じゃないの? と指摘したくもなる。
「現状の五割くらいは理解できたよ」
「マジで? ウチ、全然わかんないんだけど」
そういうところだぞ――と言ってやりたいのを堪えて、
「小谷野くんは桔花の気を引きたかったんじゃないかな?」
これまでの話を纏めると、そういうことになるだろう。
「は? どういうこと?」
「だから、そういうことだって」
「わっかんないって!」
……ああもう、だからつかさが必要だって言ったんだ。
今回の騒動は入学式当日に起きた『汚れちまった哀しみ事件』が発端である。苗代桔花の容姿を見て一目惚れした小谷野純平がその場で告白し、玉砕。それでも諦めまいと奮闘した小谷野純平は、当時の苗代桔花が率いていた『チャラーズ』に加入した。
「ちょっと待って。『チャラーズ』ってクソダサネームングなに?」
桔花が慌てた様子で話の腰を折った。
「前に説明しなかった?」
「普通に聞いてないんだけど」
ああ、そうだっけ。
つかさには説明したけれど、チャラーズを発足したご本人には名前の由来を伝えていなかったようだ。別に伝える必要もないとは思うが、「なに?」と語気を荒げられては説明しないわけにもいかないだろう。
「――という意味だよ」
「敢えてダサいネーミングを付けたって、ともちー、見掛けによらず陰湿じゃね? ま、ウチはもうチャラーズとは無関係だからどーでもいいけどさ」
無関係ではないんだよなぁ……。
「ごめん、続けて?」
格式張るみたいに、コホン――、と咳払いをして居住まいを正した。
チャラーズに加入した小谷野純平は先ず、外堀から固めようと考えた。仲間を増やせばそれだけ居心地もよくなるし、いざと言う時にフォローもしてもらえる。二人きりの状況も作り易くなるだろう。姑息な手段ではあるけれど、堅実とも言える。
小谷野純平はどうにか桔花の気を引こうとあれこれ策を弄してみたが、小谷野純平を『友だち』としている桔花の壁は非常に分厚かった。
それもそうだ。桔花自身が『男に興味がない』と言っている以上、付け入る隙は限りなく狭い。おそらく、現在問題となっている飲酒と喫煙も、自分を大きく見せる――大人っぽく見せる――ための手段だったのだろう。この推測は大分的外れに思うが、あの小谷野純平ならやりかねないと思った。
あれやこれやと策を練って実行しても振り向かない苗代桔花の様子に業を煮やした小谷野純平は、「振り向かないならもういい」と不貞腐れ、そこから段々と苗代桔花を憎むようになっていった。
「は、え、ガチで?」
「ぼくの話は憶測の域を出ないよ。実際は違うかもしれない」
「でもめっちゃそれっぽいじゃん。やば」
それっぽく話をしているからね。
「そっかー。純平はそんなにウチのことが、ねぇ……」
いやー。
マジかー。
ガチでかー。
などと桔花は呟き、
「もしかしてウチって小悪魔系?」
ぼくに訊ねる。
「小悪魔じゃないと思うよ」
悪魔ではあると思うけど、とは口にしない。何なら大魔王かもしれない。少なくとも、小谷野くんにはそう見えていただろう。大魔王は討伐しなくてはいけない。それが正義としての役割だと自分に言い聞かせての、犯行。或いは、反抗。仲間たちもフォローしてくれる最高の環境じゃないか。――胸糞悪い。
「小谷野くんをどうにかするのも一筋縄とはいかないだろうね」
「じゃ、二筋縄にする!」
「……説明を聞いても?」
「一本じゃ心許ないからもう一本追加して」
「なるほどそれは『メイアン』だね」
「マジ冴えてるっしょ?」
名案じゃなくて迷案だから喜ばれても困るんだが。皮肉を言ったつもりだったのに、こうも真っ直ぐ捉えられると調子が狂うなぁ。でも、これが本来の苗代桔花の人となりなのだろう。底抜けに明るくて些かネジがぶっ飛んでいる――人気者足り得る素質だ。
「それじゃあ、もう一本の縄を迎えにいこうか」
「迎えにいくって誰を?」
そんなの決まっているだろう——。
「ぼくの友だち、椋榎つかさだよ」




