#15 チャラーズ
苗代桔花の第一印象は「喧しい人」だった。
大声で話し、笑い、反抗する表面上の刺々しさだけを見ていれば、苦手意識を持つのも無理はない。
それでもまあ、中学生時代を可もなく不可もなくすごしてこれた者は、教室に一人や二人ギャルがいたところでどうということもないのだろう。
ギャル・苗代桔花を中心に構成されたのが、初代――元祖、無印など、人によっては様々に言いようがあるけれど、ここでは無難に初代を使わせてもらう――チャラーズである。
初めて教室に「グループ」と呼べる集まりができたのも初代・チャラーズだった。
現在のリーダー・小谷野純平がチャラーズに参加したのは、「チャラーズ」というグループの形が概ね整った頃で、実はチャラーズ発足からいる古参メンバーではない。
結成して日も浅いのだから古参も何もないのだろうけれど、古参——苗代桔花が引き入れたメンバー――と新参――チャラーズとしての形が整ってから参加したメンツ――を区別するため、便宜上そう呼ばせてもらう。
現在のチャラーズは、古参が二割、新参が八割を占めている。
小谷野純平の加入後、新規のノリについていけなかった者や肌に合わなかった者は離脱し、新しく仲良しグループを形成したり、既存のグループに移ったりしていた。
新体制についていけず離脱した古参メンバーたちが既存のグループに救いを求め、どうにか中途参加できたのは協調路線で活動していた桔花のおかげに他ならない。本来であれば足を向けて眠れないほど感謝されてもいいはずだ。――それなのに。
桔花を招き入れようとする手は、一つたりとも差し出されなかった。
……ここまでの話はこれまでの足取りを淡々とおさらいしたまでで、小谷野純平と何があったかは語られていない。とはいえ、苦々しげに喋る桔花の様子を見て、自分のことのように悔しさで胸がいっぱいになった。
『それまでの関係だった』
と言ってしまえば、
『そのとおり』
でも――そう簡単に割り切れることでもないだろう。
友だちだと思って連んでいた人たちが、いざという時に旨味だけを吸って去っていくなんて……辛いし、悲しぎる。ぼくの考えが甘すぎるだけで、学校の人間関係なんてこんなもの? それでも「大切な友だち」としなければならないものか理解に苦しむ。
「マジきちーって思ったけどさぁ? これ以上ウチと絡む理由がないって考えたら『たしかーに』って普通に思ったかんね。しょうがないっしょ」
しょうがない――その一言で関係を終わりにできるってことは、彼ら、彼女らの白状さを薄々でも感じ取っていたのかもしれない……本当に?
そういうことにしておかないと心が折れてしまいそうだから、とか。
小谷野純平の腹黒さに気づけなかった自分にも非がある、だからみんなは悪くないと思い込みたいだけで、実際は、自由を手に入れた彼ら、彼女らに対して僻みのような暗い感情を抱きたくない、向けたくない、とか。
そんなこと――損なことを考えていそうだ。
「……で、こっからがマジのマジで本題なんだけど、その前に喉乾いたからジュース奢ってくんない? ウチ、財布もスマホも全部バッグの中なんだよねー。あとでちゃんと返すからさ?」
奢らせたいのか借りたいのか、どっちなんだろう。
* * *
まだ出歩きたくないという桔花のために自動販売機を目指していた。
ススガクにある自販機は、体育館に一機、玄関に缶と安価な紙コップ販売の物が一機ずつ、職員出入口に一機、食堂前の紙パックと缶の一機ずつの、合計六機が設置されている。
紙コップと紙パックタイプの安価な自販機はスーパーマーケットのイートインコーナーでも見かけたりするけれど、缶の自販機はちょっとマイナーだ。
いや、一流メーカーの自販機であることには変わりないのだが、如何せんライナップがぱっとしない物ばかりで、自販機の前で立ち留まり、どれを飲もうかと暫し考えたくなる。
秘密基地から一番近い自販機は体育館前になる。でもぼくは、校舎裏から迂回するように進み、敢えて一番遠くにある食堂前の自販機まで足を伸ばした。
授業をサボっている手前、休憩で飲み物を買いにきたクラスメイトと顔を合わせたくないのが半分、つかさ、或いは藤村くんと出会して「どうなった」と尋ねられたら回避できないのがもう半分の更に半分、残りは「できれば『つぶつぶオレンジサイダー』が飲みたい」という桔花の要望に応えるため。
自分用に『こいつは誠に梅ぇ!』などという巫山戯たネーミングの梅ソーダを購入して秘密基地に戻ると、桔花の姿が見当たらな――。
「――わっ!」
…………。
「あれ? ノーリアクション?」
…………。
「あ、あのー、もしかして怒ってる?」
「……腰が抜けて動けないの」
「うっそマジか本当にごめんっ!」
こうなるから脅かし系は大嫌いなんだよ……。
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by 瀬野 或




