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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#14 藪蚊を水で撃退するような密談


 桔花は眼前で飛翔する一匹の(やぶ)()を両手で包み込むように伸ばす――視力はそこそこにあると自覚しているぼくだったが、いくら凝視しても日向と日陰を縫うように飛来する姿は見当たらない。


 しかし、桔花の両目は上下左右を自由に飛び交う藪蚊を確と捉えているのだろう。


 パチン――、静まり返った雑木林の中、拍手が一つ鳴る。藪蚊を前にすれば誰だって同じことをするだろうに、これほど藪蚊を退治する所作が似合わない人はそういないんじゃないかとひとりでに思った。


 本を開くような動きで(てのひら)を確認する。(まだら)()(よう)(けっ)(しょく)と濃く刻まれた生命線の他に、異物は見当たらない。ぼくは桔花の掌を横から覗き見て、付け爪の裏側ってこんな感じになってるんだ、とひとりごちた。


「――そこ? 目の付けどころ森鴎外かよ、マジウケる」

「森鴎外ってそんなにシャープだったっけ」

「意外なところに焦点を向けるじゃん」


 欧羅巴(ヨーロッパ)人は鼻糞を穿(ほじ)るか否かは大発見に記されているけれど、そんなマニアックなネタを当然かのように言われてもなぁ。文芸に通じる者でなければどうリアクションを取ればいいのか悩むし、仮に読んでいたとしてもぴんとくる者はいなさそうだ。


「家から蚊取り線香持ってこよっかなー」

「虫除けスプレーのほうがいいかも」

「火事になるから?」

「火傷もね」

「たしかーに」


 ボールが床を衝く小気味良い音が聞こえてくる。本来であればつかさと一緒にトスとレシーブの練習をしていたはずだったが――授業をサボるのは妙な感覚で、どうにも落ち着かない。


 暫く手持ち無沙汰な時間が続いた。相手がどうカードを切ってくるのか腹の探り合いをしているみたいで迂闊に口を開けないでいると、余所見していたぼくの右肩をつんつんと桔花が突いた。


「ねぇ、暇なんだけど。つか、ウチに話があったんじゃないの?」


 相手から切り出してくれたのは有り難い。でも、突かれたくない話でもあったんじゃないだろうか……下着の下りなんて特に。そこには触れずに話を進めようとしても、進行方向に『派手な赤いやーつ』がいる。悩ましい。無論、他意はない。


「つかさから事情は訊いたけど、どうしてあんな極端なことを?」

「だってムカついたんだもん」

「……それだけ?」

「そ。そんだけ」


 その結果、小谷野純平に突き飛ばされて辱められた、とでも? 大前提として暴力を働いた小谷野くんに非があるのは事実だ。けれど、いやまさか、そんなことある? 獲物を前にした猛禽類だってもっと慎重に行動するぞ。


「短絡的だったのは認める。けどさ? 要らないって言う人に無理強いして渡そうとするのって意味不明じゃん。バカじゃね? って、ともちーも思うっしょ?」

「バカだとは思うけど、突っ掛からなくたって」

「あーもーわかったわかった。はんせーしてまーす」


 謝罪してるのかしてないのか、巫山戯た態度はあの選手を彷彿とさせる。


「桔花を責めたくて居場所を探したわけじゃないよ。何故、短絡的だと言われても仕方がないような行動に出たのか、その理由が知りたかったの」

「それはさっきも説明したじゃん」

「別の理由があったんじゃないかって思ってるんだけど?」

「ウチがそんなに賢そうに見える?」

「見えるよ。桔花は馬鹿じゃないもん」


 その反応が随分と意外だったのか、照れ臭そうに「そ、そう? 賢そうに見えるかなぁ」と蚊の鳴くような声で呟いた。「馬鹿じゃない」と言っただけで「賢い」とは一言も発していないのだが、本人が喜んでいるのにわざわざ()(びゅう)を正して反感を買う必要もあるまい。


「考えなしに行動を起こすとも思えないんだ。ねえ、二人の間に何があったのか教えてよ。――ぼくと桔花は()()()でしょう?」


 使用不可能かと思われていた強カード『友だちでしょう?』を切る日が訪れるなんて思ってもみなかった。


 それだけに、手札にあった『友だちでしょう?』切れて、ちょっぴり優越感を覚えた。――ああ、なんて便利なカードだろう。


「つかっさんとオタクくんに言わないって約束できるなら言う。確約できないなら言わない。ともちー、約束できる?」

「言わないよ」

「言質取ったからね?」

「え? あ、ああうん。大丈夫……」


 おかしいぞ? とぼくは思った。


 言質を取る必要があるほど苗代桔花と小谷野純平の間には秘密があるってこと? それってつまり、そういうことになっていたって言っているようなものなのでは? これは益々おかしいぞ? ——と続け様に思ったけれど、一滴でも零れた覆水は盆に返らないのであった。



 

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