#12 蛮勇な王のために
それだけの騒動が起きたにも拘らず誰も止めに入らなかったとなると、桔花の人望のなさを憂いたくもなる。でも実際は、止めに入らなったのではくて、止めたくても止められなかったに違いない。
苗代桔花がチャラーズを率いていた頃は、他のグループとも協調していたけれど、小谷野純平が統率する現在のチャラーズは、何処か周囲の者たちを見下すような発言が目立つ。
それだけであれば『オラついてるイキり勘違い集団』と切り捨てることもできたのだが、気の弱いクラスの皆々は悪目立ちする横柄な態度に萎縮してしまい、反発すればどんな報復を受けるかと怯え、チャラーズの誰かが「右」と言えば右を向き、「やっぱり左」といえば左を向く従順なイエスマンと成りつつあった。
個人、或いは組織が、他を圧倒するほどの権力を所有すると、支配欲が生まれ、自分たちこそが王であると主張するようになる。根が真面目である桔花は、チャラーズ一強の現状が納得できなかったのだろう。
飲酒・喫煙問題以前にも小競り合いが頻発していたのだって、暴走気味になった小谷野純平を止めるために桔花が抵抗を繰り返した結果だ。しかし、桔花に味方をする者はチャラーズ内にいなかった。
小谷野純平はクズながらもカリスマ性があるらしい。自分のやりたいことをやるために着々と準備してきた小谷野純平と不愉快な仲間たちからすれば、桔花の行いは叛逆行為に該当する。
こういった輩は妙に仲間意識が強いのだ。
誰が指図したでもなく、穴だらけの『俺たちの鉄の掟!』を作りがちでもある。しかもその掟は各々が独自に抱く三者三様の『ひとぉつ!』だけに、殊更に質が悪い。意見の擦り合わせなんて面倒なことを、彼らが進んで行うはずもない。
自分が持つ掟こそ『真・俺たちの鉄の掟!』であり、その掟にそぐわない行動を取った者は徹底的に容赦しない。無秩序なる正義の名の下に、我らが敵めと秩序なる悪を断罪するのだ。
そこに慈悲など微塵もない。断頭台へと送り付けた相手の顔に唾を吐き、ギロチンをゆっくりと下ろしていく。
相手が恐怖に顔を歪めるのを愉快そうに眺める彼らは、それらを全て『ネタ』と称し、首の皮一枚になった頭部を蹴り飛ばす。――ああ、反吐が出そうだ。
閉ざされた社会の中で頻発する理不尽なトラブルを上手く回避しながら三年間もの年月を平穏無事に終えるというのは、大人が想像するよりも遥かに困難を極める。
それをやってのけた生徒たちは、『偉業を成し遂げた』と言ってもいい。
そういう意味では、桔花の立ち回りはお世辞にも褒められた内容ではなかった。
小谷野純平のように仲間を募り、相手よりも戦力が整うまで機を窺い、追い風が吹くのを確認した後に開戦を告げる太鼓を打ち鳴らすべきだった。
だがしかし、桔花はその逆を行っている。
仲間を揃えず、準備もせず、開戦の合図を打ってから「一緒に戦ってくれませんか」、「物資を分けてください」と呼びかけてようとも、敗戦が濃厚な国に手を貸す隣国は存在しない。
事実だけを並べれば如何に非効率かがわかる。でも、彼女は立ち上がった。王であるためではなく、己の信念を貫かんがために矢面に立ったのだ。
その行いは些か蛮勇だったかもしれない。
落ち目の王に何ができるものかと罵倒されたりもするだろう。そうであったとしても、振るえぬ剣を腰にぶら下げるだけの負け犬には成り下がらなかった。
ならば、些か蛮勇すぎる王に頼られた臣下は、王の帰還を待つばかりか――違う、今も剣を握り締めているであろう王を迎えにいくことこそが臣下の責務だ。
……下っ端根性丸出しなのが、どうにもいけない。
「桔花が何処にいったのか、つかさはわかる?」
「学校の何処かにいるはずだよ」
つかさは即答する。
「帰った可能性は?」
「教室にバッグを置きっぱなしじゃ帰れないよ」
桔花のバッグは藤村くんが管理しているらしい。さすがに他人のバッグを漁る悪癖はないと信じたいが、チャラーズに渡るよりはいいだろうと諦めてもらう他にない。
教室にバッグを置きっぱなしにしているなら、スマホもバッグの中だろう。仮に桔花がスマホを持ち出していたとしても、この状況下で応答する心の余裕はなさそうだ。
「桔花がいきそうな場所って何処かな。心当たりはある?」
「私にはさっぱり――あ、ギャルがいきそうな場所って考えたらどう?」
ギャルがいきそうな場所――。
「保健室?」
「ススガクの保健室って近寄り難い雰囲気あるしいかないだろうね」
「体育館は?」
「今日の一限は体育でバレーボールだよ?」
わざわざ顔を合わせる場所にはいかないか。
嫌な言葉を浴びせられてもじっと黙って教室にいたぼくとはえらい違いだな、と思った。あの頃は誰からも反感を買わないように息を潜めて、放課後になるまでずうっと本を読んでいた……本?
「……図書室は?」
「朝の時間は閉まってなかった?」
「ああ、そっか」
桔花も文学少女である。ならば、図書室に向かった可能性も高いのでは? と考えたけれど、ススガクの図書室が開くのは中休みの十一時から十一時十五分の間と、お昼休みの十二時四十分から十三時半。そして、放課後の十五時半から十七時まで。
それ以外の時間帯は締め切っていて、中には入れない。
おそらく、図書室で授業をサボろうとする生徒対策だ。サボる生徒たちは時間を持て余している。だから図書室にある漫画を読んで暇を潰そうとするって魂胆は、学校側もお見通しだ。
「こうなったら二手に分かれて探すしかないね。つかさは校内を、ぼくは外を洗ってみるよ。見つけたらスマホに連絡して」
嫌な予感がする――そんな気がした。
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by 瀬野 或




