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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#11 小谷野純平はクズの極み男子である


 目の前で煙草を握り潰された()()()(じゅん)(ぺい)は、激情に駆られて(なえ)(しろ)(きっ)()を突き飛ばしたというが、話はそこで終わらない。


「ここまではまぁ、喧嘩だとよくある話なんだけど」

「まだ続きがあるの?」


 はぁ……、と嘆息を漏らす。


「今までの話が霞んでしまうくらい酷いよ。聞く?」


 興味本位で頷くにはいかなそうだが、知っておかなけばいけない。


 それが例え聞くに耐えない内容であったとしても、聞いておかなければ今後の対応に影響が及ぶ……がしかし、そこまで肩入れする必要はあるのだろうか? と思ってしまった。


 桔花がロンドに訪れた時分、ぼくは先んじて「解決できるかわからない」と念を押している。それだけでなく、桔花とは昨日今日知り合ったばかりの浅い間柄だ。一方的に友だち関係を言い渡されただけで……。


 ……いや、そうじゃないだろう。


 何処からどう見たって女子にしか見えない『御門智栄(オトコオンナ)』を、桔花は偏見もなく当然のように「友だち」と呼んでくれた。その恩を無下にするのは人間(ひと)としてどうなのか――と、内なるぼくが囁きかける。


 ぼくは(にん)(げん)でありたい、そう思った。


「乗り掛かった船だし、何ができるのか聞きながら考えてみるよ」


 ぼくにそんな器用な芸当ができか怪しいところではある。


 けれど、やってみるしかない。小谷野純平をどうしてやるかではなくて、ぼくを友だちと呼んでくれた彼女の力になりたい。それが例え、片道分しかない船のチケットであったとしても。


「ともえならそう言うと思った。でも、かなり()()よ?」


 つかさは『クル』を強調する。


 小谷野純平はそれだけ酷い、惨たらしい仕打ちをしたらしい。他者にあまり関心がないつかさがそう言い切ったのだ。いったいどんなワードが飛び出してくるのやら、と不安になった。


「突き飛ばされた桔花はバランスを崩して倒れたの」


 机と椅子を薙ぎ倒して床に倒れ込む桔花の姿を想像する。


 机の角か何処かに頭をぶつけて怪我をしていないといい――怪我で済まない状況でもあった――のだが、すれ違い様と廊下を走り去る後ろ姿を思い出し、無傷とはいかないまでも大事には至らなかったようで一安心する。


「それから?」


 大怪我をしてもおかしくはない場面だったが、まさかこれが『クル』とまで言わしめた内容の全てではあるまい。つかさはスカートの裾を両手でぎゅっと掴み、心苦しそうな、それでいて怒りが発露するのを抑え込むような表情を浮かべる。


「思い出すだけでも忌々しいって顔をしてるね」

「……それ、私の真似?」

「いつもやられているからそのお返し」


 ぷっと吹き出し、つかさは破顔する。


「起こったことを有りの侭に話してくれればいいから」

「ありがと。ちょっとだけリラックスできた」

 

 気休めでも、少しは気の利いた台詞になっただろうか。


 大きく深呼吸をしたつかさは、握り締めていた手を緩めると、シワになった部分を引っ張って伸ばし、徐に空を仰いだ。


「男の子って自分の下着姿を他人に見られても平気だから不思議」

「女子がセパレートの水着を恥ずかしげもなく着れるほうが不思議だけどね」

「だって水着だよ?」


 きょとんとした顔をぼくに向ける。

 そうだけど、そうでもないだろう。


「あの形状の水着って下着とそう変わらないじゃん」

「まるで着たことがあるような口振りだね?」


 墓穴を掘ってしまった!

 まあ、あるにはあるんだけどね……。


 むしろ、女子が着用するであろう衣服類は網羅しているくらいだ。


 月に一度の『特別な日』に用意された水着は上下が分離しているセパレートタイプの水着で、家の中だっていうのにそれはもう恥ずかしく死にそうになった。


 せめてパレオくらい巻かせてほしいと上申してみたが、そんなぼくに「パレオは甘え」と母は一喝。ぎゃふん。


 月に一度だからこそ、女装に関しては一切の手を緩めない鬼教官っぷりである。


 あまりにもぼくが恥ずかしがるものだから、翌年の夏は『みかど』と名前が入ったスクール水着を用意されて……ただまあ、ちょっとだけ『こういう姿の自分も悪くないのかもしれない』とか思ったり、思わなかったり、思わされたりで、やっぱり死にたくなったものである。生きていたいけど。


「こんな話をするってことは、倒れた拍子に、純白のやーつ、が見えちゃった?」

「純白のやーつだったらまだよかったんだよね……」

「え」

「桔花が穿いてたの、際どい感じの赤いやーつ、だったから」


 お、おう……。

 さすがはギャル、下着も攻めている。


 今日の桔花は紫色のシャツと黒の短いスカートを穿いていた。突き飛ばされた拍子にスカートが捲れればその下にある物が露呈してしまうのも当然で——だからあんなに怒りを露にしていたのか。


「それを小谷野くんが『ビッチかよ』って嘲笑して、クラス中の笑い者にしたの」


 想像以上のクズ男っぷりに開いた口が塞がらない。


 暴力だけに飽き足らず、相手を辱めるとは武士道に反するでござる! と、ここに藤村くんがいたら言いそうな台詞がよぎった。『殿』は言うけど『ござる』は言わないなぁ。


 小谷野純平を『性格までは』と評していたけれども、どうやら性格も捻じ曲がったクズ野郎だったようだ。



 

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