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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#9 事態の急変に、彼は自分の慢心を嘆く


 一年二組の教室の前に立ち、大きく深呼吸をする。


 目の前にあるドアを開けたら夢で見た光景が広がっているかもしれない――そう思うと緊張して、金具部分に触れた人差し指と中指を引っ込めたくなった。


「はあ……過去の残滓に囚われているようじゃこの先思い遣られるなぁ」


 自虐染みた笑いと共に呟き、引っ込めようとした指に力を込めた次の瞬間、ど真ん中ストレート球をフルスイングで空振りしたかの如く、二本の指が空を切った。


「え」


 ちょっと力を加えただけで開くほど立て付けがよいわけじゃないし、摩擦を軽減するスプレーを用いたところでこうはならないだろう。


 勢いよくドアを開け、「みんな、おっはよー!」と大声で挨拶するクラスの元気っ子キャラであれば、お馴染みのワンシーンではある。


 生憎とぼくは、コミュニケーションが苦手な民の中でも四天王に君臨するほどの実力の持ち主だ。


 そして、物語序盤に主人公たちによって倒され、他の四天王たちから「ヤツは四天王の中でも最弱」と酷評されるまでがオチ。悲しいなぁ。


 終盤になって仲間になるタイプだったら激アツ展開だけど、仲間になったら弱すぎて戦力外という間抜けっぷりまで再現しそうで怖い。


 自虐的思考から気を取り直して前を向くと、紫色の壁が行く手を阻んでいた。


 よく見ると壁の左下より右上に掛けて『anti-knock’s』の黒文字が斜めに走り、小文字の『k』と『n』辺りが山なりに歪む。アンチだかアンタイだかの読み方は定かではないにしろ、このブランドを愛用している人間には心当たりがあった。――ギャルっとギャルルン・苗代桔花である。


 余談だが、『anti-knock’s』の『anti』は『アンタイ』と読むらしい。


 アンタイは漢字の『安泰』を指し、『knock』はそのまま『叩く』。二つの単語を繋げると『安泰を叩く』。これを更に噛み砕いて『I love you(=月が綺麗ですね)』調に訳せば、『アナタの無事を願います』という意味になるそうだ。わけがわからないよ。


「おは――」

「邪魔、どいて」


 桔花は右手でぼくの右腕辺りに触れると、力を込めて薙ぎ払った。えぇ……。昨日は笑顔で「もう友だちじゃん」と言ってくれた相手が、今日は物凄い剣幕でぼくを突き飛ばすとは。


 掌を返したような態度に呆気取られ、あわよくば人間不信になる寸前、「大丈夫?」と駆け寄ってきた美少女に救われた。――アナタが聖女か。


「ありがと、大丈夫」

「朝から災難だったね」


 力いっぱいに押し退けられていれば一溜まりもなかったかもしれない。正面から受ける衝撃には耐えられても――あまり自信はないが――横から受ける衝撃には不慣れなぼくは、あの強引な横薙ぎ一閃によく耐えたものだ。


(あざ)になったりはしてない?」

「つかさ、ちょっと過保護すぎ」

「そっか。ともえは男子……だもんね?」

「だもんね? じゃなくて、だ、ん、し、なの!」


 そういう口調が女子っぽいんだよと微苦笑するつかさは、襟元のレースが蝶々柄になっているチョコレート色のブラウスを着て、黒の水玉模様が入ったオールドローズのロングスカートに、赤々としたローヒールパンプスを合わせたガーリーファッションをしていた。


 週替わりで女性と男性を交互に切り替える『一週間縛り』はやめたようだ。その日の気分で性別を選ぶと言っていたし、自分を騙してまで強行する理由も見あたらなかったのだろう。一人称だけは変えずに男女共通で使っているけれど。


「それよりも何があったの?」


 桔花の様子を鑑みて、只事ではない事態に陥っているのは間違いないが、昨日は落ち着いていた桔花が急に豹変するとなると、余程のっぴきない事情があったはずだ。


 考えられる要因といえば、チャラーズの一件が脳裏に浮かぶ――。


「桔花が小谷野くんに突っかかったんだよ」

「ああ……」


 やっぱり、の一言は呑み込んだ。


 つかさの反応は予想どおりではあるものの、昨日の話し合いで『担任の荻原さんに相談する』運びとなっていただけに、こんな急展開を誰が予想できただろうか――いや、充分に予想はできた。


 予想はしていても、()()()()()()()()()()()()()()()とも言える。思い返せばそういう兆候はあったのだ。藤村くんを訪ねたのも、喫茶『ロンド』に乗り込んできたのも、この騒動を引き起こすだけの根拠に成り得た。

 

 しかし、昨日の今日でこれとは如何に――。


 あの話し合いは顔合わせの意味合いが強かったがゆえに、表面上のやり取りで済ませようとしたぼくの失敗? 対話が不足していた? もっと深く掘り下げる必要があった? その前に『下手な行動は慎んで』と釘を刺すべきだった?


 それら全てをひっくるめて、慢心していた。

 言わなくてもわかるだろうと過信した、ぼくの落ち度だ。


「現況を詳しく知りたい」

「わかった。じゃ、場所を移そっか」



 

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