#7 正しいことが全て正しい行いであるならば、世に蔓延る悪意は全て正しいことになる
桔花の相談を要約すると、『チャラーズの愚行をとめたい』と『自分の実状をどうにかしたい』の二点だった。
「小谷野くんたちをどうにかしたいと言うけれど、具体的にどうなったらいいの?」
「純平たちがやってるのって未成年喫煙と飲酒じゃん? それをやめさせたい」
無理だね、と、間髪入れずにつかさが反論する。
「なんで? 普通にやめられるくない?」
「依存性が強いからだよ」
未成年喫煙・飲酒問題は一朝一夕に解決できる話じゃない。
大人だって禁酒・禁煙するのに、相当な覚悟を要するのだ。それこそ、禁酒・禁煙外来に通わなければならないほど深刻な問題でもあるのに、意思が弱い未成年者が他人から『酒と煙草はやめろ』と注意を受けて、大人しく『はいそうですね』と素直にやめるとは到底思えないのもあるけれど――。
「親に隠れて酒と煙草をやっている連中は小谷野たちだけではなく、ススガク全体で当然のように横行している問題でもある。ゆえに、『俺たちを注意するなら他の連中も注意しろ』と言われたら言い返せない。つかさはそう言いたいんじゃないか」
藤村くんの意見に、ぼくとつかさは首肯した。
表立った校則もなく、自由を掲げるススガクでは、体育館裏、校舎裏など、目立たない場所で煙草を吸っている生徒を度々見かける。
未成年者が通う学舎で、そんなことがあっていいはずもないのだけれど、教員たちも「煙草やめろ」くらいの口頭注意のみに留めており、罰則という罰則は設けられていない。
では、大々的に生徒たちの喫煙をやめさせるように動くとしよう。そうなると、『今まで生徒の喫煙に対して何の対策も弄しなかった』と認めるようなものだ学校という立場から、それはできない。
できないがゆえの苦肉の策として、口頭注意に留めている、とも言える。無論、これらは客観的な意見であって、ススガク側の総意ではない。ただ、対応の甘さは露見している。
見せしめに誰かを捕まえるじゃないけれど、一度、強気な姿勢を生徒に示すべきではないか? ――なんて、偉そうなことを言える立場でもないんだよなぁ。
「じゃあ、純平たちはこのまま放置ってわけ? 未成年が酒と煙草をやるのが健全な行いとは思えないんだけど」
「そうだとしても、それはクラス担任の仕事だ。桔花殿が出張る場面じゃない」
「けど、友だちだからとめたいってあるじゃん。オタクくんだって大切な友だちが飲酒と喫煙してたらどうよ? 普通にとめるっしょ?」
「それはそうなのだが……」
藤村くんは言葉に詰まって閉口した。
お互いの主張は理解できても、正しいことが本当に正しいとは限らない。誰だって叩けば埃の一つや二つは出てくるもの。品行方正で清廉潔白な人間など、何処を探したって存在しえない。
「その件については一度、荻原さんに相談してみてもいいかもね。勿論、小谷野くんの名前は出さずにさ」
落としどころとしては、これでいいだろう。
* * *
「もう一つの相談内容は、桔花自身の問題だよね。これについての話も聞きたいな」
桔花が持ち出したもう一つの相談は、『自分の実状をどうにかしたい』。
「小谷野たちと仲直りがしたいってこと?」
「うーん、それはもういいかなーって」
「ならば、桔花殿の現状とは?」
「何となくだけど、避けられてるっぽい?」
何となく、と言葉を濁しているけれど、避けられているのは明白だった。
元々はチャラーズを率いたリーダーで、クラスの中心人物でもあった桔花だが、チャラーズを脱退したことによって、教室の彼方此方から「どう接すればいいのかわからない」という空気がひしひしと伝わってくる。
つまり、桔花を受け入れてしまうと、チャラーズからどんな仕打ちをされるかと恐れているのだ。
こういった問題は子ども時代だけではなく、大人になっても纏わり続ける。
群れから省れた狼がどの群れからも歓迎されないのと同じで、自分の立場を守るためならどんな非道も厭わないとする行動も、自分を守るためであれば他人を殺してもよしとさせる。
ぼくはずっと『殺られる側』の立場だったから、人間の醜い習性に対し、過敏に反応してしまうのかもしれない。
嫌な沈黙が空気を重たくさせ、誰も口を開こうとしない。そんな中、藤村くんだけが違った。オタクくんという不名誉のあだ名を付けられ、自分よりも下の立場であることを強要された藤村謙朗だけは、重々しいこの盤面に於いて、「そんなことか」と言い放つ。
「小谷野たちと仲直りを希望するわけじゃないのなら答えは単純だ。――桔花殿が俺たちの仲間に入ればいい」
やっばー、刹那さん超かっけー……ってなるか!?
「そんな単純な話じゃないと思うんだけど」
「クラス全体の空気を変えたいってことじゃないの?」
「それを入学初日から一週間掛けて行ったのは何処の誰だ?」
あ、そうか――。
「俺を含めたクラス連中は、つかさという未知な存在をどうすればいいのかわからずにいた。だが、つかさがどういう人間であるかを知った現状はどうだ」
「慣れた」
藤村くんはブレンドを口にした後に、「うむ、そういうことだ」と演技掛かった態度で頷いてみせた。
「とどのつまり、『俺たちの仲間・苗代桔花』を、クラス全体に周知させればいい。そうすることで、他の者たちも安心して、桔花殿に声を掛けるはずだ」
話の引き合いに出されたつかさは「何かムカつく」と文句を垂れていたが、藤村くんの言に一理あるとも思っている様子で、それ以上は言及しなかった。
「……ウチ、ここにいていいの?」
「それが一番の解決策だろうな。名案を出すじゃん、ケンローのくせに」
「だってウチ、普通に問題児扱いだよ?」
「それを言うならここにいる全員が問題児だろう。性別不詳が二人、オタクが一人、充分すぎるほど問題児だらけだ」
ぼくも含まれているのは納得できないけど、まあ、否定はしない。
というか、ぼくは性別不詳じゃなくて、男性として見られないだけなんだが――ねえ、藤村くん。もしかしてまだぼくのことを『くのいち』と豪語する気かい? そろそろ同じ性別だって認識してくれてもいいと思うよ?
「ガチで言ってる? 本気にするよ? 今更になって『やっぱ無理』とかなしだかんね?」
半端者が半端者に引かれ合うのも道理とするならば、ここにいる全員が同じような痛みを抱えているのであれば、それは、傷の舐め合いになるのかもしれない。けれど、絶望の淵に立たされた人間に光明は差すだろう。
異論はない――意識を共有するかのように顔を見合わせ、ぼくらは同時に頷く。
こうして新たに、苗代桔花・職業『ギャル』が、ぼくらの仲間に加わった。
……どうでもいいけど、いつから藤村くんはぼくらの仲間になったんだろう。
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by 瀬野 或




