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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
53/82

#6 だからこそ彼は胸を張れない


「再開する前に一ついい? 苗代さんの」

「桔花でいいって」

「桔花さんの」

「さんも要らない」

「…………」


 はぁー……落ち着こう、まだ苛つく時間じゃない。


 話し合いを再開する前に迷惑料のつもりで注文した、お代わりのアイスコーヒーを飲む。


 喫茶『ロンド』のアイスコーヒーはキリッとした爽やかな苦味が特徴で、ブレンドよりも濃く淹れているのは、氷で味が薄まると想定してだろう。夏の到来が待ち遠しく感じる、そんな味だ。


「本当に『桔花』って呼んでいいの?」

「え、別にいいよ? だってもう普通に友だちじゃん」


 こんな気軽に友だち認定するの? お互いにもっと知る必要があるのでは? それこそ、好きなゲームとか、今までプレイしたゲームで一番感動した作品とか、クソだと思ったゲームトップ5選(ファイブ)と――何村くんかな?


「……桔花」


 苗代さん……桔花は無垢な子どものように、にいと笑う。そして、大きな声で「はーい!」と挙手した。その仕草がまるで、びっくり箱から勢いよく飛び出すピエロ人形みたいで、ぼくは思わず仰け反った。


「ともえ、ちょっと大袈裟じゃない?」


 つかさの冷ややかな双眸が、ぼくの何処かをチクリと刺す。


「苦手なんだよ、こういったタイプの脅かし要素って」

「あー、わかる。何のリンクだろーって開いたら怖い顔がどーんって出てくるやつとかあるじゃん。あれ、ウチ、普通に超ビビるからね」

「え?」


 それは『ホラーフラッシュ』、或いは『ジャンプスケア』と呼ばれるもので、主に悪戯目的で使用されるのが通例だ。


 動画サイトに転がってる動画のコメント欄、又は、スレッド式掲示板に貼られたURLを無闇にクリックしてしまい、大絶叫と共にショッキングな画像が画面に表示された、などという経験をした方も多いのではなかろうか。


 それを知っている――体験している――ということは、少なからずネット文化に精通しているといっていいだろう。でも、妙に知識が古臭いというか……この違和感をギャルで言い換えるとするならば、ヤマンバメイクで『チョベリバ・チョベリグ』を日常で使っているイメージ。


 苗代桔花——実はかなり闇が深い人物なのかもしれない。 


「話を進めるけど、ぼくとつかさは藤村くんの相談には乗ったけど、解決したのは別のクラスにいる男子生徒で、桔花が想像しているような大それたことは何一つしていないんだ。それを踏まえた上で、ぼくらに相談するかを考えたほうがいいと思うよ」


 ここでサトウタイチの名前を出してしまうと、翌日に隣のクラスに飛び込んだ桔花の「サトウタイチはいる!?」って大声が、壁を挟んだ向こう側から轟いてくると確信したので、敢えて伏せておく。


「オタクくん、そうなの?」


 きょとんとした顔で、前回の騒動を引き起こした張本人の藤村くんに訊ねる。藤村くんは小難しい表情で「ううむ」と唸り、ぼくとつかさを交互に見た。


「俺はそうは思わないが……相談した結果、雲然との不和が解消されたわけだしな」

「つまりどういうこと?」

「わからん。どういうことなんだ?」


 おい、当事者だろう。


「そうだなぁ。簡単に言うと、流れに身を任せただけ、かな」


 と、つかさは藤村くんの代弁をしたけれど、ぼくはつかさが裏でコソコソといろいろ動いていたんじゃないかって、今も思っている。そうじゃなければ説明が付かない幕引きだった。


「でも、それって不自然じゃん。流れに身を任せただけだったら時間が解決したことになるくね?」


 解決に導いたのが『ぼくとつかさ』か、『つかさだけ』か、という若干のズレがあれど、大筋はぼくと同じ意見だ。


 解決はしても、腑に落ちない。腑に落ちないから胸を張れないでいる。こんなものを功績とは言えないし、我が物顔で言うつもりもない。だからこそ、藤村くんの一件を『解決した』と言明したくないのだ。


「時間が解決してたかもしんないけど、その時間を動かしたのは、ともちーとつかっさんだよ」


 何なんだこのギャル、めっちゃ性格いいじゃん……。通学では純文学を読み耽り、家では匿名掲示板の虫になってるんじゃないか、と疑ってしまった自分に対して喝ですよこれは。カァツッ!


「そこまで言われたら――ともえ、どうする?」

「一肌脱ぐしかないよね」


 ぼくとつかさはお互いのコップを重ね、それを合意の合図とした。


「脱ぐの!? じゃあじゃあ、ウチ、家から服持ってくる!」


 そういう意味じゃないんだよなぁ……それに、桔花の服だとサイズが合わないんだよなぁ。まあでも、一度くらいならギャルファションを試してみてもいいかもしれないなと、ぼくは密かに思った。



 

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