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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#5 何故、彼女は孤立してしまったのか


 我がクラスで「ギャルといえば?」と質問を投げれば、口を揃えて「(なえ)(しろ)(きっ)()」の名前が挙がるだろう。それほどまでに苗代桔花の容姿はギャル足らしめており、彼女ほど『ギャル』足らしめるルックスの持ち主はいない。


 明るい性格なだけあって、誰かに話し掛ける様子をよく目にするのだが、チャラーズにいた頃に比べると、誰かから声を掛けらる場面は殆ど見なくなった。


 例えば、「筆記用具を忘れたから貸して」とお願いすれば隣近所の席にいる誰かが貸してくれるけれど、此方(こちら)から声を掛けない限り、誰も手を差し伸べたりはしない。


 これまで沢山の友人に囲まれていたであろう苗代桔花にとって、此方から行動を示さない限り誰からも相手にされない現状は、孤独、この一言に尽きる。


 どうしてこんなことになってしまったのか――それを説明するには、現在の堕落しきったチャラーズを率いるチャラ()()()()(じゅん)(ぺい)について、少なからず触れなければならない。


 入学当時の小谷野純平の印象は、無理してテンションを上げているようにも見えた、と苗代さんは語る。とはいえ、この第一印象は入学当時と現在を比較しただけであり、小谷野純平が暴走するなど思ってもみなかったのだろう。


 ぼくが教室で見る小谷野純平の人物像は、軽薄な男、だった。いい加減な態度を取ることこそ格好いいと思っていそうな、それでいて、他人よりも自分が優位に立ちたい、目立ちたいとする願望が、彼の一挙手一投足から窺える。


 容姿だけを言えば、そこらにいるアイドルと引けを取らない小顔のイケメンだ。他者よりも優位に立とうとするのも『人一倍に向上心がある』とも受け取れるし、目立ちたいとするのだって容姿の自信から出る前向きな感情だ、と言ってもいい。


 ……だが、小谷野純平は大きく道を踏み外した。 


「自由の意味を履き違えた」


 つかさの言に黙って強く頷いた苗代さんは、ぬるくなったロイヤルミルクティーに口を付ける。カップの縁に口紅の跡が残っているのか、それを見た藤村謙朗は興味津々な態度を隠すように目を泳がせていた。


 苗代さんはそういうところを「キモい」って言っているんだよと、後でこっそり教えてあげるとして。


 自由の字面だけを見れば、それはとても魅力的で素晴らしい宝石のように思えるけれど、目標や目的を見出(みいだ)せない者にとっての自由は、そこら辺に転がっている石ころとそう変わらない。


 自由すぎて不自由になるなんて、皮肉な話だ。


 ススガクの生活に慣れた同級生の何人かは、朝からずっと授業をサボり、上級生と一緒になって()()()()()()()()()に興じていると、風の噂で聞いたことがある。


 小谷野純平もそうなりつつあるようで、その影響はチャラーズ全体に及ぶ。


「ウチは止めたんだけどさ? 純平は聞く耳を持たなくて」


 反発されるのはわかっていて、それでも止めに入った苗代さんの優しさと勇気には敬意を表したいが、小谷野くんからすれば「大きなお世話」だった、と。


「若気の至りと言えば聞こえはいいが、さすがに学生の本分を超えている」


 突如として正論マンになった藤村くんに対し、ちょっとだけ驚いたように数秒の間を開けてから、苗代さんは「そう、マジそれな。オタクくんわかってんじゃん」と同意を示す。


 二人のやり取りを傍で見て、ちょっと安心した。でも、一番安堵しているのは肯定された本人だろう。この調子で二人の間にある偏見が解ければいいのだけれど、それにはもっと時間が掛かりそうだ。


「苗代さんのお願いは、小谷野純平の愚行をどうにかしてくれってこと?」


 つかさの手元にあるグラスが空になっている。


「桔花でいいよ。ともちーも」

「ともちい?」

「ともえだから『ともちー』、いいっしょ?」


 いいかよくないかで言えば、よくない。『ともちー』なんて呼び名が定着したら、ぼくは女子だと公言するようなものである。その度に「ぼくは男子だ」と訂正するのも面倒だし、この際、『男子です』と書いたプラカードを持って歩いたほうがいいのでは? ヤバいヤツだと思われそうだな、うん。


「一応言っておくけど、ともえは男子だよ」

「……つかっさん、それマジ?」

「つかっさん?」

「司だから『つかっさん』、いいっしょ?」


 つい先ほども似たようなやり取りをした気がする……デジャブかな?


「ともちー、本当に男なの?」

「え、ええ、まあ」

「ガチで?」


 頷くと、苗代さんは目を光らせながら「ヤバ!」と大声を上げた。店主がぼくらの席を睨んでいる。目が「騒ぐんなら他所にいけ」と訴えている。ぼくとしてはこっちのほうが「やば」なんだけどなぁ。


「じゃあじゃあ、ちゃんとアレも付いてるの?」

「……はい」

 

 羞恥プレイかっ!?


「へえー、男の娘って初めて見た。クオリティエグチッ!」

「男の娘でもないんだけどね」


 否定しつつも笑って誤魔化すしかできなかった。情けない。


「ねえ、今度、ウチに化粧させてよ。めっちゃギャルにしたい!」


 ぼくが返答に窮しているのを見て、


「その話はまた追々するとして、今は桔花のお願いについて議論しよう」


 助け船を出してくれたつかさに、鳴り止まぬ拍手を送りたい。



 


【修正報告】

・2022年5月20日……誤字報告箇所の脱字を修正。

 報告ありがとうございました。

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