表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
5/82

#5 他人の振り見て、我が暗澹を顧みる


 受付を済ませて校内へと進む。


 本来であれば靴を履き替えるのだけれど、ススガクでは大多数の生徒が土足だ。それを知っている新入生も何人かはいるようだが、大半の新入生は上靴に履き替えていた。数日もすれば彼らも、上靴に履き替えるのは無意味だと知るのだろう。


 使わないとはいえ、一応、自分の下駄箱の位置は確認しておきたいと思い、一年二組の下駄箱を探す。


 側面に学年とクラスが記入されたプリントが貼られていて、自分のクラスの下駄箱はすぐに見つけることができた。右端から一年一組と二組で、三組と四組は向かい合わせ。一年のクラスは全部で六組。一年六組の隣が二年、そして三年と横に並ぶ。


 ぼくの名前は御門だから、手前側を順々に探していけばいい。


 (わた)(なべ)()河原(がわら)(やま)(さと)と、下駄箱に貼られたテプラの名前を目で読み上げていく。湯河原くんの読みだけはちょっと自信がない。多分あってる、と思う。


 記憶が正しければ、同名の温泉施設が神奈川県にあったような。でも、湯河原くんと湯河原温泉の関係性は、おそらくない。


 珍しい苗字を持つ人はクラスに一人はいるもので、中学時代のクラスメイトにも水遊(みずあそび)という苗字の女子がいた。


 名は体を表すと言うが、彼女の場合、その方程式は当て嵌まらない。水泳が大の苦手で、「うちは山派なの!」が口癖。ま、どうせ口だけだ。日本三名山の名前も場所も知らないのだろう。


 因みに、標高三七七六メートルの富士山、標高二七〇二メートルの白山(はくさん)――御獄山(おんたけさん)を挙げる場合もある――、冨山県南東部にある、雄山(おすやま)大汝山(おおなんじやま)富士ノ折立(ふじのおりたて)などを頂点とした峰を連ねる立山連峰を一括りにして『日本三名山』と呼ぶ。登山家たちが「人生で一度でもいいから足を運びたい」と憧れる山々だ。


 ぼくは登山家でもなければアルピニストでもない――山を登る体力がない――ので憧れはないけれども、これくらいの知識は常識の範疇だよね? と、非常識な力で強敵を圧倒する異世界系と呼ばれるライトノベルの主人公みたいな心境で下駄箱を開けた。


 上下二段式の、所謂『THE・下駄箱』って感じの下駄箱が、そこにはあった。戸締まりをする鍵はないが、錠前を通す穴はある。


 なるほど、鍵を掛けたい人は自分で南京錠を用意しろってわけだ。しかも、ご丁寧に『南京錠(五〇〇円 税抜)は購買部に有ります』という張り紙まである。新入生狙いで無駄に課金させる気満々だ。商魂逞しいとも言える。――ススガクは財政難なのだろうか?


 まるでマッチポンプのようなシステだとは言っても、運動部に所属、或いは入部しようと考える新入生たちは無視できない。


 バッシュやスパイクシューズはそこそこ高価だと聞くし、他人の靴を盗むなんて輩がいないとも限らない。下らないトラブルを避けるためにも用心するに越したことはないだろう。


 全国津々浦々からススガクにやってきた者たちが、全て善良とは限らないのだ。


 ぼくの後ろに並んでいたヤンキー風の彼なんて、特に警戒すべき人物の筆頭でもある。口の悪さ、横暴な態度、足の爪先から髪の毛に至るまで、不良を絵に描いた人物だった。


 その当本人は、ぼくのことなどお構いなしで、自分のクラスへと向かってゆく。風を切る歩き方ってどんな歩き方なのか、いまいちぴんとこなかったけれど――そうか、ああやって肩を揺らし、何かを蹴飛ばすように歩くのを、風を切るようにと表現するらしい。


 でも、どちらかと言えば、小学生が石ころを蹴って下校するみたい、と表現したほうがわかりやすいのでは? なんて、ご本人には絶対に言えないことを考え、自分の暗黒時代を憂い、その場で頭を振るぼくであった。



 * * *



 玄関ホールにある掲示板に貼られていた地図を頼りに、一年二組の教室を目指す。


 六組が玄関側に近く、一組は体育館寄り。そのやや中間に位置する二組の教室のドアを開くと、約半数の生徒が席に着座していた。


 黒板いっぱいに色取り取りのチョークで『入学おめでとう』の文字が書かれている。入学式実行委員に忠実(ひま)な人がいたものだと教室全体を回し見て、げっと思った。


 口に出そうになったのを危なく呑み込んだのは、今日イチのファインプレーと言っていい。まさかのまさか、ヤンキーくんも同じクラス……だと……?


 なるべくお近づきになりたくないぼくは、彼が座る廊下側最後方席よりも離れた窓際最前列に目を向けた。がしかし、考えることは皆同じである。


 君子危うきに近寄らずのことわざの教えを守るかのように、窓際の席はほぼ埋まってしまっていた。


 片側の席はぽつぽつ空いているけれども、いきなり隣に座られたら不快に思われないだろうか? 配慮してなのかどうか、どの列も片側だけが空席という異様な光景が広がる。


 教室には三十席の机と椅子が用意されているけれど、ぼくを含む、これから教室にやってくる生徒たちは、満員電車で道を譲ってもらうサラリマーンよろしく先に座っている人に、「ちょっと失礼」と詫びなければならないらしい。ああ、なんて面倒な。


 こんなことになると先に予想していたら玄関ホールで過去の回想なんてしなかったし、偉そうに日本三名山を語っていることもなかった――などと後悔しても時間は巻き戻せないのだった。



 


 読んで下さいまして、誠にありがとうございます。皆様のお暇潰しになっているようであれば幸いです。どうかこれからもご愛読下さいますよう、重ねてお願い申し上げます。


 by 瀬野 或

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ