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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
二章 ハリボテギャル
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#2 協調性の大切さを、彼は改めて知る


 ともえはどうにかしたいの? と、つかさが首を竦めながら言った。


 教室でいざこさが発生しているこの状況は、精神衛生上好ましくはない。


 だからと言って、ぼくに何ができるだろう。


 クラスでの立ち位置を考えれば、ド底辺側。策を練ろうとも、協力者がいない限り無駄足に終わってしまう。藤村謙朗の騒動にしても、相談に乗っただけで、密かに暗躍していたサトウタイチ(サイレントエッヂ)の功績が大きい。


「入学してまだ数ヶ月しか経ってないのに、どうしてこうも問題ばかり起こるんだろうね。どうして『みんな仲良く』ができないんだろう。確かに個人の主張は尊重されるべきだし、考慮もされるべきだよ? だとしても、自分本意すぎる主義は場の空気を乱すだけだって、ちょっと考えればわかりそうなものだけど」


 まあ、それができないからこうなっているわけで、それだけ自分の主張が大切だと思っている輩が多いということでもある。――ああ、そうか。中学生時代、生徒指導を担当していた岡崎先生は、()()()()()()を言いたかったのか、と合点が入った。


 学校が子どもの個性を殺す、ではなく、生徒が生徒の個性を殺そうとするのだ。その対抗策として「協調性が大切だ」と、教師たちは口を酸っぱくさせるのだろう。無論、岡崎先生のやり方が正しいとは微塵も思わない。が、理屈は理解できた気がする。


「私は『みんな仲良く』する必要はないと思う。人対人の関係で、合う、合わないは当然でしょう? 勿論、そうなるのがベストだよ。ただそれは、非常に疲れる関係でしかないだろうね」


 つかさの言を聞いて、『遠慮』の二文字が脳裏に浮かんだ。


「だから、ほどほどに仲良く、でいい。親しき仲にも礼儀ありって言葉は、そういうことなんだろう。無礼を笑顔で許せる、ではなく、無礼を叱れる間柄こそ『友だち』と呼べるんじゃないかな」


 ぼくの隣に座るつかさは、本当にぼくと同い年なのだろうか。あまりにも考え方が成熟しすぎて、同年代と話をしている気分じゃない。


 一つ上の先輩や、大人に諭されているような気になって、自分の発言を顧みると、幼稚で恥ずかしいものに思えてきた。――でも。


 もしそれが真理だとしても、正論だったとしても、『ほどほどに仲良く』で満足できるのかは別問題じゃないか。と、ぼくは思う。一緒に買い物したり、ゲームしたり、映画を見たり……その先は? と考えてしまうのは、欲張りだろうか。


「何か言いたげだね、ともえ」

「べつに」

「言ってしまえば楽になるよ。取り敢えずカツ丼食べる?」

「昭和の刑事ドラマか」

  

 なんじゃこりゃ……。



 * * *



 お昼に頭を使って、午後も頭をフルに使えば、糖分が欲しくなるのは当然の(ことわり)だ。地獄の階段を下りた辺りで「ロンドにいこうよ」と提案したぼくに、そこしかいく場所がないもんね、とつかさは笑った。


 メイン通りから離れた閑散な住宅街の一角に、喫茶『ロンド』はある。


 本来の名前は『ロンドン』なのだが、最後の『ン』が薄く消えてしまっているため、ぼくらは親しみを込めて『ロンド』と、そう呼んでいた。


 ログハウスのような見た目の外観に、店主の拘りが見受けられる。カロンコロン――、ドアベルを鳴らして入店すると、店の奥で退屈そうに新聞を読む店主の双眸がぼくらを捉えた。


「いらしゃ――チィッ、なんだ、またお前らか」


 客が来店したというのにこの店主は。

 迷惑そうな渋面で舌打ちをされた。


「マスター、アイスココアをグランデで」

「ぐらんでぇ? なんだぁそりゃあ?」

「流行りのカフェでは、ショート、ミディアム、トール、グランデでサイズを表すんです」

「流行ってなくて悪かったな。ったく、最近のガキの躾はどうなってんだ?」


 こういうやり取りをするのも、喫茶『ロンド』の楽しみの一つだ。だがまあ、万人受けするとは言い難い接客態度ではある。斯く言うぼくも、『この店主、本当に大丈夫だろうか』と疑ったものだが、慣れてくると愛嬌にも感じるのが不思議な魅力だ。


 しかもこの店主、誰にでもこうなのだ。


 年上だろうが年下だろうが、男性だろうが女性だろうが、初見だろうが常連だろうが、一才関係ない。言いたいことを言って、ぼくら客は不満を抱きながらも出された珈琲の味で黙らされてしまう。


「お前さんはどうすんだ、(ちっ)さいの」

「ぼくはいつもので」

「はいよ。席で待ってろ」


 店の奥にあるボックス席に座ると、「持ってけ」と店主に持たされた水の入ったコップをつかさがぐいっと呷る。そのまま倒れ込むようにして、背凭れに背中を押し付けた。


「さすがに(くつろ)ぎすぎじゃない?」

「でもさ、ここにくるとどうしてもね」


 その気持ちはわからなくもないけど。


「お待ちどうさん。ほら、アイスココアの特盛りとアイスコーヒーだ」

「ありがと、マスター」

「ありがとうございます」


 そういえば、糖分を摂取するためにロンドにきたはずなのに、苦いコーヒーしか頼んでいない。ならば、ここは甘味と酸味の両方を取ろう。疲れた時には酸っぱいものも良い、と聞くし。


「あの」

「あん?」

「レアチーズケーキもお願いします。ケーキセットで」

「はいよ。二つでいいのか?」

「あ、私はシフォンケーキ」


 だったら最初に注文しやがれってんだ、と去り際に愚痴る店主の表情は、どうにも嬉しそうだった。やはり、ここの店主はツンデレだ。四十代中盤から五十代に差し掛かった男性のツンデレがどの層にウケるのか、ぼくは、いつも考えないよう努力している。



 

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