#1 愚かなる行動を正当化する者たちの集い
小さかった違和感は、日を跨ぐ毎に膨れ上がっていった。
最初は消しゴムのかす程度だったけど、それが小石くらいの大きさになって――投げられる大きさなら道の隅にでも捨ててしまえばいい、と思った。
でも、そこまでの大きさになると無視もできないし、呑み込むにしても無理がある。噛み砕こうにも相手は石なのだから、全然歯が立たない。
やがてそれは、小きな石の集合体となってウチの前に現れた。
塵も積もれば山となるじゃないけれど、違和感マシマシ太め辛め的な、一日のカロリー摂取量を軽く飛び越える怪物みたいで、もう満腹だった。
群れの中で発言力を持っていたウチは、カロリーの怪物となりつつある石の集合体に意を唱えた。でも、一つの集合体となった石たちは、我らが王であるという主張を崩そうとせず、ついにウチの想いは届かなかった。
群れから追放された者は、何処にいっても受け入れられない。そんなことは、小学校から学んでいる。当然のように行われてきた現象に、摂理に、現実に、わざわざ楯突くほうが間違っている。
だからもう、ウチの学園生活はここで終わり――。
* * *
初夏を思わせる風が吹く、六月の初頭。
桜並木はすっかり緑で染まりきって、道すがらすれ違う人々も春服から夏服へと変化しつつある。
入学式から早くも二ヶ月が過ぎた新入生諸君は、私立薄野学園高等学校が掲げる『自由と自立』の『自由』だけをフューチャリングし、各々の解釈で満喫し始めていた。無論、悪い意味で。
子どもと大人の丁度中間辺りに位置するのが高校生という身分だ。
中途半端な位置づけをされているがゆえに、ちょくちょく勘違いしてしまう者たちを見受ける。
その中でも特に代表的なのが、親に隠れて、酒・煙草に手を出す者たちだ。
「昨日ビール飲んだけどマジ美味くてさー」
「ビールなんて苦いだけじゃん。やっぱ酎ハイっしょ」
「酎ハイなんてただのジュースだろ」
「酒とかどうでもいいから煙草恵んでくんなーい?」
まさか教室でこんな会話を聞くことになろうとは。
これらは全て、「未成年なのに酒と煙草やってる俺たち格好いい」アピールだ。
ここまでくると、さすがに呆れてしまう。
いいかよく聞け、ビールも酎ハイも漏れなくアルコールだし、煙草なんかよりも猫を吸え、飛ぶぞ。と、ぼくは思った。
思えば、彼ら『チャラーズ』が酒と煙草に手を出し始めた頃、元リーダーの苗代桔花は行動を共にしなくなった。
つまり、苗代さんが離反した原因は、チャラーズ内で横行している愚行ってことになるのだが――。
「つかさは今の二組をどう思う?」
昼食は、校舎裏手のフェンスを越えた緑地帯の奥まった場所、通称『秘密基地』で食べるのが恒例になっていた。
それはよしとしても、早々に藪蚊対策をどうにかしなければ、足やら手やら延々と刺されてしまい、ムヒを常備しなければならなくなる。
「随分と抽象的な質問をするね」
あの日以来、つかさは週替わりで、男装と女装を切り替えている。
椋榎司の人物像がクラスに定着、周知されたことで、性急にならずともよくなったんじゃないか? というのがぼくの勝手な一存だ。
今日のつかさの服装は、ネクタイが描かれたプリントティーシャツに黒のチョッキを合わせ、下はモスグリーンのカーゴパンツを穿いている。靴は黒のハイカットスニーカーだ。
「本当は何を訊きたいの?」
「勘違い集団のこと」
「ちゃらーず?」
BLTサンドを口に運ぼうととしたつかさの手が、ぱっとその場で留まる。
ああそうだ。
チャラーズって呼び方は通称ではない。
ぼくが独断と偏見で付けたグループ名だった。
「チャラい、または、ちゃらんぽらんなヤツらが集まったグループを『チャラーズ』って呼んでるの」
「ともえのネーミングセンスを疑うよ……」
「このくらいダサいほうがいいと思うんだけどなぁ」
「煽り?」
「そうそう」
だって、『なんちゃら會』とかだと反社会性勢力みたいだし、下手な横文字は少年スポーツチームみたいだ。
いや待てよ、煽りならば寧ろそれもアリじゃないか? スーパーゴールデンファイターズ、とかにしたほうがダサいもんね! そうなると趣旨が変わってくるんだよなぁ……。あと、無駄に長い。
「ああいう輩は勝手にやらせておけばいい。どうせ自爆して炎上して自滅するんだから」
SNSに投稿された写真を火種にネットが騒ぎだし、特定班が指名、年齢、住所、通う学校までを特定、報道陣に囲まれるススガク、「問題になっている生徒とはどういったご関係でしょうか?」と詰め寄るマスコミ――その光景が有り有りと目に浮かんで……。
……いやいや、大事になりすぎだろう。
これより二章が始まります。
彼らが何を思い、何を考え、何を決断するのか。
楽しんで頂けたら幸いです。
これからも応援をよろしくお願い致します。
by 瀬野 或




