表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
47/82

#47 オトコオンナ


 今までは、自分の中だけで全てが完結していた。


 ぼくを「オトコオンナ」と厄介者扱いする同級生たちに、「おはよう」と挨拶を交わすこともなく、静寂に包まれながら一日が始まる。


 初めは、とても悲しくて、兎にも角にも苦しくて、どうしようもなく孤独だった。けれど、それが日常だと自覚すれば、悲しみも、苦しみも、孤独だって、当たり前になる。


 当たり前にしなければいけない、と思っていた。


 そうしなければ、母のように心が壊れてしまう。心が壊れた人間がどうなるのかを知っていたから、『にげる』のコマンドにカーソルを合わせるのも、悪い選択とは考えなかった。


 これまでがずっと一人だったもので、他人とどう接してよいものかわからず、逃げた先のネットゲームでもシングルプレイ——ソロプレイヤーと呼ぶと知ったのもグリモワの攻略掲示板で知った――。


 地道にコツコツやるのは嫌いじゃないし、幸か不幸か、他人からの悪意には、多少の免疫がある。


 ネットゲームは自分に向いていると自覚して、のめり込み、試行錯誤の結果、ランキング一位になり、不正を疑われてアカウントを永久BANされた。


 これまで費やした時間と情熱が、一瞬で露と消えた。悔しくて、遣り切れなくて、それでも受け入れてしまえたのは、「ぼくが弱いからだ」――今にして思う。


 高校生になったら友だちを作ろう、と一念発起した。


 変われないのであれば、自分を取り巻く環境を変化させてしまえばいい。『そういう環境』に身を投じることで、弱い自分も受け入れてくれる、()()()()()()()も見つけられるはずだ。


 そうしてぼくは、椋榎司、藤村謙朗と友好関係を結べた。


 しかし、此処にきて、つかさが問うのだ。


 これまで歩んできた道を、捻じ曲がった魂胆を、何もかも見通すようなコバルトブルーの瞳を向けて、『それで満足ならいいんじゃないか』と――。


一見すれば肯定的な発言にも思えるが、つかさの言葉には釣り針に似た『返し』があって、なかなか抜けてくれない。


 抜けるどころか、ちくり、ちくり、と何ども突き刺してくる。――ああ、忘れていた悪夢の正体は、それだったのか。


 ぼくが隣に座っても反応を示さず、依然として文庫本を読み続けるつかさに、思い切って「おはよう」と声を掛けた。


「ん、おはよ」


 反応があって安堵しそうになったけれど、昨日は何もなかったかのように振る舞ってしまうと、あの言葉を無視したことになる。


 いろいろと思うところがあるつかさも、ぐっと堪えて挨拶を返してくれた。応えなければ、それは不義理というものだ。


「つかさ。そのままでいいから、聞いて」

「……」


 ぺらと捲ったページの片側に、美麗な絵が差し込まれている。


 朝の風景か、放課後の一幕か、そこまではわからないけれど、高校生らしき女子生徒二人が、窓辺の席でお互いに肩を寄せ合う姿を背後から描写した、光と影のコントラストが際立った絵だった。


「ぼくは満足だと思ってた」


 つかさ、藤村くんと友だちになれて、それで満足だ――と、思い込もうとしていた。


「多分、つかさがああ言ってくれなかったら、満足して終わってた」


 あの一言は、敢えてぼくを突き放すように仕向けた、つかさなりのチェーントラップだったんじゃないかって、今は思う。


「でも、ぼくは満足してないみたい」


 満足していたら、悪夢を悪夢のままにして、永遠に忘れようとしたはずだ。


「ねえ、つかさ」


 聞いてほしい。


「ぼくはつかさと、『友だちから』始めたけど」


 聞いてくれているのか不安になってきた。


 つかさは自分勝手で、ちょっと我儘で狡いと思う。それでも、言を止めない。初めてできた友だちだから、思いの丈をぶつけてみたくなったのかも。本音を言ってみたくなった、の、かも。


「それだけの関係じゃ、きっと、満足できないの」


 頭の中がぐちゃぐちゃで、何を言っているのか自分でもわからなくなっていた。言葉遣いも途中からおかしくなった。


 おかしくなっていたのには気がついていたけれど、もう、男とか、女とか、どうでもいいやって気分。――『オトコオンナ』だし。


「ともえってさ」


 ぱたり――。文庫本を閉じ、椅子ごとぼくに体を向ける。


 つかさ越しに見た窓の外側は、雲の切間から太陽の光が地上に降り注ぐ、幻想的で美しい世界に見えた。


「百点満点のテストで『平均点よりちょっと上を取れればいい』って思ってるみたい」

「え」


 まあ、否定はしない。


「影ながらひっそり努力をしているけど、ちょっといい加減というか、要領が悪いというか」


 それもまあ、否定はしない。()()()()、ぼくという人間性を的確に捉えすぎて……え、ちょっと待って? 無理、しんどい。勿論、言葉どおりの悪い意味で。


「でも、答えを出そうって足掻けるのは、いいと思う」

「そうかな」

「うん」


 つかさは微笑みながら、ぼくの両手を握った。

 両親以外の温もりを初めて知った――ような。

 恥ずかしくて、顔から火が出そう。


「今はこれで我慢ね」

「……そういうものなの?」

「そういうものだよ」


 どういうもの、なのかは、これからゆっくり探していけばいい。 


 ――多分、そういうもの、だと思うから。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 百合百合しい……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ