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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
46/82

#46 悪夢が転じて吉となれば


 最悪な夢を見た――ような気がする。


 ベッドから飛び起きたぼくは、判然としない意識のまま窓の外を眺めた。「これは芳しくない天気だ」と思った次の瞬間には、ついさっき見た悪夢の内容は頭の中からすっぽりと抜け落ちて、悪夢を見た事実だけがぼんやりと、嫌な……(いや)な余韻を残している。


「今日はいい日になりそうだね」


 なんて、皮肉を吐かなければやっていられない、朝の目覚め。


 顔を洗いながら。

 歯を磨きながら。

 朝食をたべながら――。


 玄関のドアを開けて外に出るまで、どんな悪夢を見ていたのか思い出すべく躍起になっていたけれど、一斉登校する小学生たち、白いヘルメットを被って自転車を漕ぐ中学生、燃えるゴミの日と勘違いしてゴミ置き場から引き返してくる主婦とすれ違った時点で、考えるのをやめた。


 それに、悪夢の内容を思い出す必要もないだろう。


 楽しい夢、嬉しい夢、前向きになれる夢であれば話は別だが、辛くて、悲しく、恐怖に打ち震える夢など忘れてしまっていたほうがいい。


 楽しいことを考えよう。――ないなぁ、楽しいこと。


 学生ならば一つや二つ、楽しみにしているイベントがあっても不思議ではないのに。


 欲しい物があるわけでもなく、未来に向けて何か行動に移しているわけでもないぼくは、一日をどう過ごすかで手一杯だ。


 地元の最寄駅に到着し、改札を抜ける。駅の中に充満している謎の臭い――電車臭とでも呼ぼうか――に、今日はどうして気分が悪くなりそうだった。


 いつもはこんなことにならないのに……これも悪夢のせいだったりするのかも? いやいや、まさかね。


 約一時間半後、薄野駅に到着する。


 この地域にはススガク以外に、意識高そうな制服の進学校と、インターナショナルな大学が存在する。


 双方とも薄野駅からバスが出ているため、朝の薄野駅はそれなりに混雑しているのが日常。


 改札を目指す一行の中にススガク生徒らしき人影ををちらほらと見受けるが、意識高い勢と大学の民に挟まれて肩身が狭そうだ。無論、ぼくも肩身が狭い一派である。


 そう考えると、駅前が発達した理由も納得だ。


 ススガク生徒よりも進学校生徒、大学生たちのほうが金を落とす。で、ススガク側が発展しない理由も、とどのつまりは、そういうことなのだろう。


 地獄の八十階段を上がり、ぜーはーぜーはー、肩で息をしながら、やっとの思いで正面玄関に到着。


 おかしいな。後ろにいたはずの同学年生徒が、ぼくの前を颯爽と歩いている。――どうしてお前がぼくの前にいる!? スポーツ漫画でよくある台詞が脳裏に浮かんだ。


 教室に向かう途中の廊下で、藤村(けん)(ろう)(くも)(しかり)琥太(こうた)()(トウ)()(イチ)の三人組が、それはもう盛大に患い拗らせているのを目撃。


 同類と思われないように、足音を盗みつつ、そろり、そろり――。


「御門じゃないか。今日も一段と『くのいち』しているな」

「アスタリスクさん、おはようございます」

「おはよっすー」


 三者三様の「おはよう」は、どうにも(やかま)しい。


 藤村くんこと刹那さんは、相変わらずぼくを『くのいち』扱いするし、雲然くんことクラウディアくんは、ぼくがアスタリスクだと知って敬語になるし、サトウタイチことサイレントエッヂは、接点がなさすぎてよくわからない――というか、アスタリスクって呼ぶなバカ!


 学校に登校しただけなのに、どうしてこうも疲れなきゃいけないのだろう。



 * * *



 教室のドアを開くと先ず、チャラーズの騒ぎ声が耳を(つんざ)いた。


 まとめ役兼リーダーだった、ギャルっとギャルルン・(なわ)(しろ)(きっ)()の脱退――方向性の違い――により、チャラーズの暴走化が留まるところを知らない。


 傍から見れば烏合の衆。

 遠くから見ても烏合の衆。

 つまりそれは烏合の衆(チャラーズ)


 などという下らないキャッチコピーがぼくの中で創造(つく)られた頃、チャラーズの声を遥かに凌駕した「うるせぇんだよ」が彼らを一喝――我がクラスの真面目番長・(なん)(じゃ)()耀(よう)(せい)である。


 チャラーズの面々、特に新リーダーとは反りが合わないようで、最近はちょくちょく衝突している。


 そのせいで、細々と活動している弱小グループは、番長とチャラーズの反感を買わないよう、息をするのがやっとの日々を過ごしていた。


 いつからこんなに空気の悪い教室になったのか。


 校則がない自由な高風かるがゆえの弊害とも言えるけれど、自由だからと言って我が物顔で、教室を私物化するのは違うだろう。


 彼らを注意する南蛇井くんも、言葉を選んでくれればいいんだけどなぁ。期待するだけ無駄か。


 そんなギスギスした教室で唯一の癒しである椋榎司は、こんなに破茶滅茶な状況下でも、涼しげな表情で文庫本を捲っている。


 今日もつかさは女性の身なりで、センスのよい服を着こなしていた。


 ……ここまではいつもどおりだけれど、昨日の件があって話し掛けるのを躊躇う。


『ともえがそれで満足ならいいと思うよ』


 教室のいざこざよりも、こっちのほうが大問題だ。



 

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