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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
45/82

#45 赤信号の先へと、彼は進める


 藤村くんと別れたぼくらは、駅に向かう途中にある十字路の赤信号に捕まった。


 信号待ちをする人々の大半は、部活動を終えたススガク生徒たち。主に運動部連中が多く、エナメル素材のスポーツバッグを袈裟掛けしている。


 ぼくとつかさの前にいる二人組は――丸刈り頭を見るに、野球部員だろう。


 部活動が強制ではないススガクで、自ら部活に身を投じるとなると、それだけスポーツがすきな者、或いは、何でもいいから取り敢えず体を動かしたい者の何方(どちら)か。


 率先して丸刈りにするほど野球に打ち込む彼らは、言うまでもなく前者である。だが、本当に野球がすきであれば、ススガクではなく『強豪校』に進学するべきだったのでは。


 勿論、それが正しい選択かは、選んだ本人たちにしかわからないし、彼らには彼らなりの事情があってススガクに入学する決意を固めたのかもしれない。


 それにしてもこの信号、なかなか青に変わらない。


 渋谷のスクランブル交差点のように、斜めに交差する歩道橋を設置してほしい。青に変わるまでの時間を知らせるメーターがれば、多少の苛々も改善しよう。どうせ、何の対策もされないだろうけど。


 信号待ちをする(ひと)(だか)りの中に、数人、同室の男女が混じっていた。しかし、彼ら彼女たちがぼくとつかさに気付く様子はない。他クラスの者たちと仲睦まじく、時折、冗談を交えて談笑している。


 会話の内容から察するに、バスケ部の仲間であることは間違いないだろう。仲間(いわ)く、同室の長谷川くんはスリーポイントシュートが得意らしい。


 本日行われた一年生対二年生の練習試合で、見事、長谷川くんは六シュート――十八点――を決め、二年生に九点差を付けて勝利したようだ。


 一年間の経験差がありながらも二年生チームに勝利した一年生チームは凄いと思うが、バスケ未経験と言ってもいいぼくからすると、一つの試合でスリーポイントシュートを六回成功させるのがどれだけ難しいのか、どうにも判断が付かない。


 ともあれ、おめでとう、と心の中で賛辞を送った。


 この情報を活かし、「スリーを決めるコツはある?」と一声掛ける勇気があれば、友だち百人計画も夢ではない。が、そんなことができるのであればとっくにやっているし、今日までの期間にクラスのバスケ組(長谷川くんたち)と親睦を深めていれば、彼方(あちら)側から声を掛けてくるはずで……。


 問題があるとすれば、ぼくがバスケのルールをいまいち把握しきれていないことと、話を合わせるにしたって漫画とアニメの情報を頼りにするしかない。


 それでも会話は成り立つのだろう。けれども、想像するより遥かに会話が弾まない未来しか見えてこなかった。――うーん。


 この信号、さすがに待たせすぎじゃないだろうか。



 * * *



 とおりゃんせのメロディが鳴り響くと、赤信号で立ち往生していた人々が、足並みを揃えて一斉に進み始める。


 自慢ではないけれど、他人と足並みを揃えるのがどうも苦手というか。ぼくは、「よーい、どん!」の合図で必ず出遅れてしまう鈍臭いやつなのである。


「ぼーっとしてたらまた赤になっちゃうよ?」

「――へ? あ、うん」


 つかさに背中を軽く叩かれて、何処かに飛んでいた意識がぼくの中に戻ってきたみたいな錯覚に陥った。


 ああそうだ、進まなきゃ――。


 意識しなければ歩けないほど呆けてはいないはずなのに。ぼくにはどうも、機敏さというものが足りないらしい。


 一歩目で白線を踏んだ時、幼少期にやっていた『白線だけを踏んで渡る』という遊びを思い出した。


 いつからぼくは、この遊びをしなくなったのだろう。白線だけ踏むなんて無意味なルールを気にしなくなったのは、あの頃よりも成長したからだろうか。身長の話はしていない。


 童心に返ってみるか、と白線だけを踏んでいると、それを見たつかさが一緒になって踏み始めた。


「懐かしいね。私もよくやってた」

「白線以外は毒だって?」

「そうそう。毒の沼」


 物騒な設定が、如何にも子どもらしい。


 この遊びは、都道府県、男女共に関係なく、誰でもやっているようだ。でも、女子がやっているのは目にした記憶がない。女子の大半は『グリコ』だった。――グリコで通じるだろうか?


 バンドエイド、今川焼きの呼び方が地方によって異なるのは知っている。でも、『グッパー』の掛け声は、「グッパー、ジャス!」でいいよね? ジャスって何だろう。ジャストの略かな。ジャスティスだと意味不明だもんな。大声が特徴の芸人じゃあるまいし。


 白線だけを踏んで信号を渡りきったところで、ずっと引っ掛かっていた疑問をつかさに投げてみることにした。


 毒の沼に落ちなかった満足感で心が満たされている今なら、気兼ねなく答えてくれるだろう、と。


「藤村くんをロンドに連れていってよかったの?」


 それは、藤村くんをつかさに紹介した日。


 何処で作戦会議をするかと話し合いをしていた際に、ぼくがロンドの名前を出そうとして、つかさが強引に口を挟んだ。――あれはきっと、藤村くんにロンドを教えたくなかったのだと、ぼくは考える。


「――本当によかったの?」


 歩きながらする話じゃないとも過ぎったが、話題に挙げるならこのタイミングしかなかった。


 話題は鮮度が重要である。旬を過ぎれば腐ってしまうと考えると、話題(=情報)は『ナマモノ』と捉えるのが妥当だ。扱いが難しいところもまた然り。


「それが一番いいんじゃないかなって思っただけ」

「――本音は?」

「本当にそれだけだよ」


 隣を歩いていたつかさが、トンッ――、スキップするかのように一歩分だけ前に出た。


「友だちが増えてよかったじゃん」

「うん」


 どうしてだろう。

 素直に喜んでいいのかどうか。

 心做しか、つかさの声が冷たい。


「つかさ?」

「んー」


 怒ってるのかな。でも、どうして怒ってるんだろう。つかさの覚束ない態度に不安を感じてしまう。


 不安、だろうか。

 不満、かもしれない。――不満?


 ぼくはつかさに不満があるのか。いやいや、そんな、あり得ない。いつだって傍にいてくれて、何を不満に思うのか。


「ともえが満足ならそれでいいと思うよ」


 ガツンッ――。


 ゴム製ヘッドのハンマーで、思いっきり後頭部を殴られたような衝撃が走った。


 ぼくが満足ならそれでいい、つかさは言った。


 それは逆に、ぼくが満足していなけば駄目だってことでもある。満足って何だ。何を(もっ)てすれば満足だと胸を張って言えるのか。


 友だちって、何なんだ――。



 

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