#44 柳葉魚は縁起物となるのか
「俺はハッピーエンドがすきだ」
藤村謙朗は真正面を向いたまま、宣誓でもするかのように言った。
「は?」
ぼくとつかさは、お互いに素っ頓狂な声を出して、真ん中に座る藤村くんを見遣る。特に異常はないように思える。顔の血色も悪くない。
気でも触れたんじゃないか? と思ったが、そうではないのだろう。では、風をあつめたくなったのか? というと、それもまた違う様子。違和感といえば、彼のトレードマークでもある鎖がないことくらいだ。
ぼくとの一件を経て、外す決意をしたのだろう。釈然とはしないけれど、本人がけじめを付けたとしているのであれば、別にどうこう言うつもりもない。
ハッピーエンドで終わる作品を好むのは、よくわかった。よくわかったが、何故、それをこの場で公言する必要があったのか不可解だ。しかし、ぼくもハッピーエンドで終わる作品を好んで選んでいる。
……そう思って借りた映画がリドルストーリー――判然としない結末で締め括られる物語――だった時は、憂鬱な気分をすっきりさせるべく、冷蔵庫の中に必ずストックされている炭酸水で流し込むのだ。
因みに、炭酸水は、父親が業務スーパーでほぼ毎日のように購入してくる。飲み切らないのに買ってくるものだから冷蔵庫の容量が圧迫されて、ついに堪忍袋の緒が切れた母親に、炭酸水購入禁止を言い渡されたことがあった。
現在は、炭酸水が美容に良い、というネット記事を読んで、父親と一緒に仲良く常飲している。
「私もたまに頼んだりするよ。面白そうなオマケが付いてる時とか」
それはハッピーセット、とはツッコまない。
というか、高校生でもハッピーセットを注文できることに、ぼくは驚きを禁じ得なかった。
ファミリーレストランのお子様ランチだって、小学生までという決まりじゃなかっただろうか。いやしかし、あのハンバーガー店では大人でもハッピーセットがイケるのか、そうなのか。ふむふむ。
「そ、それはハッピー違いだな」
ぼくの代わりに遠慮がちなツッコミを入れた藤村くん。――まだまだ修行が足りないようだね。
女子に扮するつかさへの応対は、何処までしてよいものかわからなくなるのも無理はない。平常心を心掛けているぼくでさえ、ふとした瞬間、どきり、とさせられてしまう。
可愛い。
綺麗。
格好いい。
この『3K』が揃ってしまっては、臆するのも無理はない。
「俺が言いたいのは物語の結末だ。漫画とか、アニメとか、映画もだが」
へえ、そうなんだ。
彼ほどの患い方であれば、寧ろ、胸糞な結末を評価しそうなものだ。
主人公が悲惨な死を遂げたり、必死になって守り続けてきた恋人が真犯人だったり、親友だと思っていた竜騎士が裏切り者だったり――完全なる偏見だけれど、そういった趣向を好むのも、患っている人特有のわかってる感だろう。
「バッドエンドも嫌いじゃない。でも、そういう終わり方は、どうもな」
「すっきりしない?」
「ああ、すっきりしない」
だから、と続ける。
「俺は、御門、お前とも、ハッピーエンドを迎えたい」
……は?
「もしかして――ケンローって、ともえのことがすきなの?」
そう勘違いされても仕方がない発言だった。
ぼくもつい最近、似たような失敗をしたっけ。
これだから人付き合い苦手民は辛いんだ。
「違う違う! そうじゃない! 仮にそうだったとして、自宅の前で愛の告白をするバカが何処にいる!?」
「たしかに」
つかさの掌の上で転がされる藤村くんが気の毒に思えた。今の発言は、どう考えても態とに違いない。天使だと思っていたのに実は悪魔だった――胸糞B級映画のキャッチフレーズみたいだ。
「御門」
藤村くんはつかさに背を向ける。
「この前も謝ったが、もう一度、謝罪させてくれ。――すまなかった」
「もういいよ。シシャモもご馳走になったしさ」
「いいのか? 永久BANだぞ?」
「無課金で、実質、損害はないもの」
はぁー、と大きく息を吐き出して、
「どんな顔をすればいいものかわからなくて、挨拶が適当になっていたのも許してくれるか?」
「シシャモに免じて許そう」
「俺のドラゴンフライはチート料理だったようだ……」
そうでもないけどね、と否定したいところだが、ドラゴンフライがきっかけになったのも事実。――そういえば、シシャモには、「頭から食べると頭が良くなり、尻尾から食べると足が早くなる」なんて逸話がある。無論、そんなことはないのだけれど。
シシャモを漢字で書くと『柳葉魚』となる。これは、シシャモの産地である北海道のアイヌ民族が語源で、飢餓に困った人々を助けるべく、神様が柳の葉をシシャモに変えたという伝説がそのまま柳葉魚という漢字になった。
そういうことならば、シシャモは、なかなかに縁起が良い魚とも言える。縁起という漢字も、縁を起こす、と書くし、日本でのドラゴン、つまり『龍』という存在もまた、神の使いやら神そのものやらと、姿、役割を変え、様々な文献に出てくる。
フライ――これを、百歩譲って『揚げる』ではなく『飛ぶ』と誇大解釈すれば、まあ、ドラゴンフライがチート料理だと捉えても、遜色はない?
……ねえ。
大袈裟にもほどってものがあると、誰かツッコんでくれないだろうか。
* * *
「ロンドってこの店のことだったのか。いや、中に入ったのは初めてだが、趣きのある店だな。ふむ、このコーヒーもなかなか。酸味が深い」
ぎろと店主がぼくとつかさを交互に睨んだ。
いやもう本当に、仰りたいことは重々承知しておりますが、どうしても連れていけと執念深く食い下がられたもので。――ぼくのアイコンタクトの意味が店主に届いたかは、あまり自信がない。
「ったく、また一人増えやがった。おい、それ飲んだらとっとと帰れよ」
悪態を吐いたのも、ぼくらが邪魔というわけではなく、帰宅が遅いと親御さんが心配するだろうって言いたいのだ。ここの店主、相当なツンデレ属性である。
それを知っているぼくとつかさは平気だけれど、初入店の藤村くんは笑えるくらいのビビりっぷりで、「マスター怖っ!?」と、事あるごとに小心っぷりを発揮していた。




