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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
43/82

#43 このままではいけないと彼は思い、このままではいけないと彼もまた思う


 にくのふじむらの前を、駅に向かうススガク生徒たちが素通りしていく。


 地元色が強いこの通りで、他の生徒が買い物をしているところを、ぼくは見たことがなかった。


「魅力を感じない」

「オシャレじゃない」

「写真映えしない」

「古臭くてダサい」


 これらの貴重なご意見の全ては、我がクラスで幅を利かせるチャラーズ所属の女子たちが(のたま)っていた。


 流行りを追い求める彼ら、彼女たちにとって、昭和時代の商店など、単なる田舎の風景に過ぎないのだろう。それに、言い草はどうであれ、発言だけは的を射ている。


 駅前に並ぶ店は、どれも真新しい――それでも築年数は数年を経過しているはず――外見を保ち、清潔感がある。


 その一方で、ススガク側の商店は、壁にヒビや雑草が生い茂っていたり、色褪せた看板がそのまま放置されていたり、指摘すればキリがない始末だ。


 ぼくらが通っている喫茶『ロンド』にしても、元々の店名は『ロンドン』であり、長年に渡って雨晒しにされた結果、看板に書かれた店名の最後の文字である『ン』が剥げ落ち、それでぼくらは、『ロンド』と、冗談半分で呼んでいるのだった。


 しかし、見てくれの悪さだけで、「この店には入らない」としてしまうのは、早計というか、勿体なく思う。


 一度食べたら忘れられないコロッケを提供する『にくのふじむら』然り、口と態度が悪いがチェーン店よりも美味しい珈琲を出す喫茶『ロンド』然り、騙されたと思って入店してみれば、新しい発見があったりするものだ。――とはいえ。


 マカロン、タピオカ、ハンバーガー、カラオケ、コンビニ、これらに慣れ親しんだ現代の若者たちにとっての『古き良き店』は、「刺激が足りない」という意味で、退屈に感じるのも頷ける。


『都会育ちは田舎に憧れる』


 なんてのは、大人たちの妄想、妄言にすぎないのだ。


 そうなると、ぼくは随分と古臭い思考の持ち主かもしれない。


 今日はどのコロッケを食べようかなんて考えながら通学しているし、喫茶『ロンド』の店主と歯に衣着せぬやり取りをするのだって嫌いじゃないのだ。寧ろ、半分はそれが目的になりつつある。


 藤村くんが揚げた『ドラゴンフライ』ことシシャモフライは、それらを考えさせられる味だった。



 * * *



 裏口から外に出てきた藤村くんは、店名が記載された緑のエプロン姿のまま、ぼくらが座るベンチの前に立った。「どっちかに避けろ」と言わんばかりの横暴な態度だ。


 それも今に始まったわけではないのだけれど、こうも偉そうにされると反発したくなる。だが、ぼくの隣に座られるのは、あまり好ましくない。


 藤村くんとの軋轢は、日に日に深まっているように思う。


 すれ違えば挨拶くらいはしているけれど、それだって形式的なものだ。「無視はしていないんだからいいだろ」程度のご挨拶でしかなかった。


「それじゃあ」


 と、腰を浮かすより先に行動するのが、椋榎司という人物だった。ぼくが渋る顔を見て、何を考えているのかを察したのだろう。本当、そういうところあるよ、つかさは。


 このままぼくが反対側に寄れば、藤村くんは真ん中に座ることになる。


 それもどうなんだろう。助けを求められない分、自分の首を絞めるだけだと観念し、つかさの肩にわざと身体をぶつけてやった。


 左から、つかさ、ぼく、藤村謙朗の順番で青いベンチに座る。遠くの方から、アァッ、アァッ――、カラスの鳴き声が聞こえる。何処にいるんだろうと見上げた空はまだ蒼く、やがて、ヘリコプターの轟音が静寂を(つんざ)いた。


「あれは自衛隊のヘリだな」


 ぼそり――、誰に言うでもなく藤村くんが呟く。「それっぽいことを言う俺格好いい」感が滲み出ている。そして、自分の世界に浸りすぎてもいる。


 見ているこっちが恥ずかしくなる患いっぷりと浸りっぷりには、「いよっ、藤村家!」と、歌舞伎風の野次を飛ばしてやりたい。


「この辺りに基地ってあったっけ」


 斜め上辺りの空を仰ぎながら左手の人差し指を顎に当て、こくり、と首を傾げたつかさの仕草はちょっとあざとい。


「隣の県に基地があるだろ。だからここらは、よく自衛隊のヘリが往来するんだ」


 言われてみれば、なるほど。てっきり『俺格好いい(ニュアンスクール)』を気取っているとばかり思っていた。――まあでも。


 そういう目でしか見れなくなっているのは、自業自得だ。


「それにしても、どういう風の吹き回し? まさかほんとに、私たちにシシャモをご馳走するためだけに待ち伏せしていたわけじゃないんでしょ?」


 それならそれで、ぼくとしては大いに構わないのだが。


 さすがにシシャモ三匹で小腹を満たせはしなかったが、油分を摂取したことだし、当分はお腹の虫も鳴かないだろう。


「ああ、そのとおりだ」

「そのとおりって、本気でシシャモだけ?」

「そっちの意味じゃないのは文脈から察しろ!?」

「じょーだんだって。ね、ともえ?」


 必死に存在感を消していたのに、どうしてぼくに振るの!?


「まあ、ええと、うん」


 頷いておいてあれだけど、何が「まあ」で、何が「ええと」で、何が「うん」なのだろうか、自分でも意味がわからない返答で……だからもう!


 つかさのこういうところは、「そういうところだよ!」って猛抗議してやりたい。――同じ単語を繰り返す、奇天烈な発言で有名な政治家みたいになってしまった。


 ともあれ、『このままではいけない』とは、思っている。



 


 ブックマーして下さった方々、ありがとうございます。これからも皆様のご期待に応えられるよう、全力で執筆して参りますので、引き続きご愛読のほどを宜しくお願い申し上げます。


 by 瀬野 或

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