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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
42/82

#42 罪悪感と罪の味


 一歩外に踏み出せば、そこは、寄る()のない(こう)(とう)()(けい)の荒野で、誰か、誰か――、と声を上げても、善意を(もっ)て振り向く者など存在せず。


 或いはそこは、悪鬼修羅が集う地獄の宴会場だったのかもしれない。目には目を歯には歯を、信頼には裏切りを、愛情には憎悪を返す、この世の最果てだったのかもしれない。


 明るい世界を望んでいたはずだった。喉から手が出るほどに渇望していた。誰か、誰か――、と助けを乞う手を拒まずに掴んだら、心と心の距離が縮まって縁が結ばれるものだとばかり考えていた。


 実際はどうだ。縁は結ばれたか。裏切られたとでも言いげだが、勝手に期待したのは誰だろうか。期待を、理想を、思い込みを、相手に押し付けていただけではなかっただろうか。――ああ、本当に、()()()()()()()は、中学も、高校も変わらない。馬鹿みたいだ……。


 ……と、珈琲の水面に映ったぼくが、外側から覗き込むぼくに語りかける。大袈裟に悲観しているだけだろう。友だちになれたと思った相手が『挨拶フレンド』になっただけだろう。そう、なのだけれど、腹の底では黒い感情が(うごめ)いていた。


「ともえはいつも難しい顔をするよね」


 珍しくぼくと同じ、ホットコーヒーを注文したなぁと見ていると、二個目のポーションミルクと三杯目の砂糖を加えて楽しげに掻き混ぜる。


 その様子をカウンター越しに見ていたマスターが、「これだからガキは」と言いたそうな顔で。何だか申し訳ない気持ちにさせられた。


 思い返してみれば、ロンドでも、学校でも、自販機でだってブラックコーヒーを好んで選びはしなかった気がする。


 初めてロンドを訪れた日はホットのブレンド、二回目以降の来店ではアイスコーヒーを飲んでいたが、あれだってガムシロップとミルクを加えて甘くアレンジしていた。


 苦いのは嫌いじゃないけど苦すぎるのは得意じゃない――つかさはそんな味覚の持ち主らしい。


「難しいってどんな顔?」

「難しい顔というか、退屈そうな顔」

「え」


 思わず声が裏返ってしまう。


「授業中もそんな顔してる」

「それは困った。どうしよう」

「人によっては怒ってると思われちゃうかも。――それって損じゃない?」


 そんな指摘を受けたのは生まれて初めてで、どう対処すれば良いものやら。お風呂上がりに鏡の前で笑顔を作る練習でもしようか。いやしかし、指摘を受けたのは平時の表情だ。授業中になるのは致し方ないとしても――。


「うりゃ」

「いたっ」


 額を指で弾かれ、思考の海から強制的に引き戻された。


「ともえは一人で抱え込むからいけないんだよ。少なくとも、目の前に、友だち一号がいるってことを、努々(ゆめゆめ)忘れないように」


 まったく、そのとおりだ。藤村くんとの仲が微妙になっても、ぼくにはつかさという心強い友だちがいる。今までの人生を振り返ってみても、これほどぼくを構ってくれた他人はいなかったじゃないか。


「何だかいろいろとありすぎて、混乱してたかも――ありがと、つかさ」

「一向にかまわんよ」


 武士か、とツッコミそうになったけれど、これはこれでいい――かもしれない。



 * * *



 入学式から一ヶ月、教室に点在するグループの方針も大方決まってきたようだ。


 ぼくとつかさは無所属――他所からは()()()()と呼ばれたりする――で、お昼は校舎裏手の秘密基地、放課後はにくのふじむらでコロッケを買い食いしながら喫茶『ロンド』に向かったりしてすごしていた。


 あの件があって、にくのふじむらから足が遠のくかもと思ったけれど、食べ物に罪はない。いや、罪深い味だからこそ食べたくなるし、ススガク生徒が帰る時間に合わせ、揚げたてを提供したい、という気持ちこそが最高の隠し味になっている――のだが。


 揚げたてを頬張る喜びを知ってしまうと、コンビニエンスストアのレジ前に陳列された揚げ物では、到底満足できない体になってしまった。これはどうにも由々しき事態だ。フライドチキンとコロッケ、肉とじゃがいも、この二つが同格になってしまうなんて。


「決めたよつかさ。今日は牛肉コロッケにする」

「じゃ、私はハムカツにしよっと」

「なん……だと……」


 分厚いハムカツは肉々しい食感で、食べ応えはコロッケの比ではない。ほどよく空いた腹と、今日一日を頑張った――特にこれと言って頑張っていない――ご褒美には打って付けだ。


 ススガクからにくのふじむらへと向かう道中、「コロッケにするか、それともハムカツ……いやいや、ハムカツにするならいっそのことメンチカツも捨て難い」などと自問自答していると、スーパーマーケットいなもりの前で、「待っていたぞ」、待ち伏せをしていた藤村謙朗に出会(でくわ)した。


「空腹の獣となったお前たちに、スペシャルな揚げ物を食わせてやる」

「ケンロー。以前よりも患いに深みが増したんじゃない?」

「わず……? そんなことはどうでもいい、ついてこい」


 つかさとは目を合わせても、ぼくとは目を合わせようとしない。さっきの「待っていたぞ」だって、つかさに向けて言っていた。まあ、()()()()()()()()()()()()、か。


 にくのふじむらの前に置かれた青色のベンチに座り、待つこと数十分。


「これこそが究極の揚げ物(フライ)、ドラゴンフライだ。さあ、おあがりよ!」


 どこぞのグルメ漫画で聞いたような言い回しに、思うところもあるのだが――ドラゴンフライ、ねぇ。紙皿に並べられたそれは、どこからどう見ても六匹のシシャモなんだよなぁ。ドラゴンと言い張るには小物すぎるというか、いや、別にいいんだけどね。


「究極……?」


 ぼつりと呟いたつかさが、疑問に思うのも無理はないだろう。如何せん、シシャモの旬は春ではない。何方(どちら)かと言えば冬のイメージだ。それでも「究極」と言い張るのだから、期待はせずにいただこう。


「外でシシャモのフライを食べるのって、新鮮だね」


 斬新の間違いじゃないか? とぼくは思った。


「ともえも食べてみなよ、美味しいよ?」


 ちらと藤村くんの顔を窺うと、緊張しているのか表情が強張っている。至高と究極の料理対決じゃないんだし、ぼくらは食のプロでもなければ美食家でもないわけで、藤村くんが何故、そこまで緊張しているのか不思議だ。


「……まあ、美味しい、かな」


 塩加減も、揚げ具合も、シシャモの味も極めて普通……なるほど。つまり、極めて普通のシシャモフライだからこそ『究極のシシャモフライ』ということ? サラダ勝負でトマトの鉢植えを持ってくる的発想だな。――そんなわけあるか。あと、ドラゴン要素は何処にあるんだ。



 

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