#41 事が終われば余所者かな
紆余曲折あったものの、こうして、藤村くんの騒動は幕引きとなった。
折角だからと言う藤村母の好意に甘え、夕飯までご馳走になってしまったら、美味しかったにくじゃがに免じて溜飲を下げる他にない。
駅まで送ろうと言い出した藤村くんに、つかさが「それよりも他にやることがあるんじゃないか」と。何だろう、戦後処理かな。
雲然くんとも仲直りしたようだし、同じクランに所属したのであれば、顔合わせ程度の事務作業も残っていたり――もう、ぼくには関係のないことだ。
気掛かりは沢山残っていった。眠れる騎士とか、サトウタイチの動向とか。明日、藤村くんに会ったらどんな顔をすればいいのかもわからない。
一度下げた溜飲を戻すわけにもいかず、何だか余計にもやもやする。つかさは何処まで知っていたの? とか、ああもう……考えるのも面倒だ。
駅のプラットホームに下りて、電光掲示板を見上げる。ぼくが乗る下り電車と、つかさが乗る上り電車は、ほぼ同じ時間に到着予定。
湿気を帯びた夜の風が、顔に纏わり付くようで鬱陶しくて――ついさっきまでいたつかさの姿が見当たらない。
「はい、どうぞ」
背後から伸びた手にビクッとしつつ、握られたブラックコーヒーを受け取った。温かくてほっとする。ホットだからってわけじゃないけど。
「お金払うよ」
「いいよこれくらい」
「でも、奢られる理由がない」
「じゃあ、お疲れ様ってことで――乾杯」
ロイヤルミルクティーの缶を、ぼくが持つブラックコーヒーの縁に軽く当て、つかさは味わうように一口飲んだ。
「ぼくもたまには甘いのがよかったなぁ」
「そうなの? 交換しようか」
「ううん、飲み慣れてるほうがいいや」
慣れないことはするもんじゃない。
今回の騒動を通じて痛感した。
「……もっと感情を剥き出しにして、怒ればよかったのかな」
ふと、口に出していた。
「どうだろうな」
またミルクティーを一口飲んで、
「ケンローは運営に通報しただけで、ともえのアカウントを消したのは運営側なのだから、いくらケンローの文章が上手かったからといって責めるのも違うと思う。運が悪かったって諦めるしかないだろうね」
そう、なんだけど。
「未練もないんでしょ? あのゲームに」
「……まあ」
「だったらもう、過ぎたことだ」
つかさの言うとおり、藤村くんが送った熱烈な通報だけで、運営がぼくのアカウントをBANするとは考え難い。
おそらく、他のプレイヤーからも通報が入っていたのだろう。藤村くん一人を責めるのは違う。――そんなことはわかっている。
「納得できないって顔だね」
「痴漢冤罪とか、不良にカツアゲされたとか、そんな気分」
「微妙に共感できない比喩だけど……喪失感って言いたい?」
「そうそれ。喪失感」
塞ぎ掛けていた穴を、再びほじくり返されて、今度は無理矢理塞がれた感覚。
藤村くんだけにその怒りの矛先を向けるのは、やっぱり違うって理解している。だから、喪失感も、虚脱感も、怒りや悲しみといった負の感情も、何処に逃せばいいのだろうかって――。
「ともえは失うのが怖いんだな」
「……どうかな」
友だちがいなかったもので、失った経験がない。
何とも言えないな、と苦笑した。
「ケンローと友だちになれたから、関係を抉れさせたくなかった」
「……どうかな」
喧嘩はしないに越したことはないはず。
言い争うのはネットの中だけで充分だ。
それもどうかって思うけど。
「本音をぶつけて相手を傷つけるのが怖い?」
思っていることをそのまま相手に伝えて、それでギクシャクするくらいならば、自分の意見や本音を口にしないほうが利口だ、とは思う。
お利口さんを演じていれば、誰も傷付かずに平和でいられる。
それで自分を取り巻く世界は平和になるけれど、枠外に破片は残り続け、いつの日か腐ってゆくのだろうか。
「やっぱり、一口飲む?」
「なら、ぼくのもどうぞ」
お互いの缶を交換し、遠慮がちにちびりと飲んだ。
つかさのミルクティーは半分ほど減っていて、温度もかなり下がっている。口の中に広がるミルクティーの香しいことか。缶のブラックコーヒー独特の嫌な苦味を中和して、乳成分が喉の奥に膜を張った。
「男同士で間接キスをした感想をどうぞ」
「つかさが相手だと男同士って気がしない」
えーっと、とつかさは顎に指を当てる。
「ともえは私の性別がどっちであってほしい?」
「もう『何とかマンレディ』的な存在でいいよ」
空を飛んだり、地獄耳だったり、必殺技は熱光線だったりするダークヒーローの女性バージョン。
ならば、『何とかウーマン』、または『何とかガール』でよくないだろうか? いいや、そうじゃない。『何とかマンレディ』という矛盾めいた名前だからこそ、大衆は興味を唆るのだ。知らんけど。
「それは何とも苦い反応だな」
「甘くしたつもりだけどね」
そんな話をしているうちに、電車の到着を知らせるアナウンスが駅構内に響いた。
* * *
あの件以来、藤村くんは、雲然くんとサトウタイチと一緒にいるのを、度々見掛けるようになった。
同じゲームで同じチームに所属しているのであれば、それも当然の成り行きではあるけれど、楽しそうにグリモワの話をしている彼らに、挨拶以外の言葉を交わせなくなってしまった。
数日前の帰り道、たまにはコロッケでも食べようってことで、つかさと一緒ににくのふじむらを訪ねた。
藤村母は相変わらず綺麗だけど、一度は同じ食卓についたが接客は軟化せず、それでも、「最近はお友だちが増えたみたいで」と嬉しそうに、コロッケを二つずつおまけしてくれた。
コロッケを食べながら向かう先は、ぼくらの拠点と言っても差し支えない、喫茶『ロンド』である。
こちらも接客に難がある店主だ。ここら一帯に店舗を構える人たちは、誰も彼も癖が強いの? それとも単に、ぼくがいく店だけがそうなのかもしれない。
いつもの席で「いつもの」と注文すれば、「一丁前に常連面すんな」と文句を言いつつ、マスターが美味しい珈琲を出してくれる。
「そう言えば、ケンローから聞いた?」
「ああ、聞いたよ。昨日も、今日も、おはよう、って」
「それはただの挨拶だから……もう」
あれからずっと、つかさは男装をしていない。どうして? と訊ねると、「今はいかなって」と曖昧に答える。それでいて不機嫌そうな顔をするものだから、以降は触れずにいた。
「クラン戦、銀星の矢はランキング八位だったって」
万殺の刹那さんがいながら中途半端な結末を迎えたものだ。
「ケンローも一位から五位に転落したみたい。散々だって言ってた」
「そう」
「あ、ごめん。――気になってるかなって、つい」
「ううん。教えてくれてありがと」
ぼくが不満を言うような態度を取ってしまったのは、グリモワの話題を出されたからではない。
どうしてそれをつかさの口から又聞きしなければならないのか、と思って、露骨に苛ついてしまった。
結局、こんなものなのかもしれない。
ぼくが一方的に『友だちになれた』と勘違いしていただけで、藤村くんはぼくのことを、仲直りするための『駒』、程度にしか認識していなかったというオチ。
ブラックコーヒーよりも苦々しいな、と思った。
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by 瀬野 或




