#40 星の姿を追った彼の罪を、彼は
グリモワのセキュリティはザルだ、と古参のグリモワプレイヤーは口を揃えて避難するが、実際に個人情報を漏らしたことは一度もない。それらの難癖は根拠のないただの恨み節――初期の渋ガチャが火種――で、事実無根だ。
War of grimoireは、元々日本企業が企画立案したものである。
日本のゲーマーたちも「あそこから出るのか!」と、期待に胸を膨らませていたわけだが――いざ蓋を開けてみると、数多のFPSゲームを排出する海外のゲーム会社がリリースを発表した。
そのゲーム会社はFPSを主軸とし、映像、音楽、主に美術面に定評がある。事実、グリモワをプレイしてみると、映像のきめ細やかさと音楽の演出力に目を見張る。
サブスクリプションで配信されたサウンドトラック『Music of grimoire』は、ゲーム音楽という極めてセールスが難しいとされるジャンルでありながらも大ヒットを記録。現在も尚、売上げを伸ばしている。
そうとはいえ、海外からリリースされた背景は未だ謎に包まれており、『セキュリティがザル』といった声が上がる経緯は、明確にされていない部分に不安を覚えたプレイヤーたちが、日本サーバーを運営しているメーカーに対して警告している側面もあった。
その警鐘を大にしているのが『眠れる騎士』、サイレントエッヂが所属する組織だ。
ここまでは、いい。
藤村くんの説明に補足を付け足して簡単に纏めると、凡そこんな仕上がりになる。
何ともまあコッテリした感じの説明になってしまったけれど、それも致し方ないだろう。
如何せん、不明な点が幾つもあって、それらに花丸を付けて返答できるのは、グリモワ運営だけ。その運営が黙りを決め込んでいるのだから、憶測で語る以外に方法がない。
だとしても、眠れる騎士がアスタリスクの情報を得ていたというのはどういう了見だ?
グリモワ運営が個人情報を漏洩させたとしか考えられず、聞き捨てならない――が、それも今は置いておく。
「一つ確認したいんだけど、サイレントエッヂはどうやってアスタリスクの情報を得たの?」
「こう言えばわかるか? アスタリスクがチーターじゃないという証拠を動画サイトにアップロードして拡散したのは、他でもなく、サイレントエッヂだ」
「――うん?」
生憎とぼくは、つかさのように察しがいい性分ではない。
「わかった、一から説明する。アスタリスクの戦術は、天界人の型に嵌らない自由奔放な戦闘スタイルだ。それらの動きはWOGで培われたものではない――というのが、解説動画の内容になる」
そのとおり、グリモワ以外のゲームでグリモワに活かせる動きを研究し、それを実行した結果が独自の戦闘スタイルに直結する。
細かく言えばそれだけじゃないのだけれども、言ったところで信じてもらえないだろうと口を閉じた。
「だが、他のゲームを参考にしたと言っても、WOG以外のゲームの動きをそのままWOGに移植するなんて不可能だ」
そう、それはさすがに無理な話だ。
2Dアクションゲームの動きをグリモワに持ち込むことはできないし、パズルゲームで瞬発力と応用力を身につけたとて、四方八方からランダムで攻撃されるグリモワでは通用しなかった。
まあ、そのおかげで十五連鎖できるようになったけど、ぼくにとっては無駄な努力でしかないわけで――。
「でも、方法はある。アスタリスクが目につけたのは、WOGのシステム。つまり、ゲームエンジンだ」
「エンジンって車に絶対必要なアレのこと?」
「絶対に必要という意味ではそうだね。基本機能を纏めて提供してくれるプログラムを、ゲームエンジン、って言うんだ」
ほうほう、とつかさが頷く。
「WOGはそもそも、一から全てを作り上げたわけではない。ゲームエンジンは同社のゲームの流用だ。ということは、流用先のゲームの動きを参考にできる。これは理論上の話であって、実際にはそう上手くいくはずもないのだが、アスタリスクはそれをやってのけた」
玄人使用のキーボード操作はいろいろと苦労したよ、と口の中でだけぼやいた。
「で、アスタリスクの動きを解析し、軌跡を辿れば、いつかはアスタリスクに辿り着く。そうして逆算していって、ついにアスタリスクのリアルを暴いたってわけだ」
こうも容易く――でもないだろうけど――アスタリスクのリアルまで辿り着くなんて、インターネットって怖すぎでしょう。いや、インターネットが怖いのではなく、それらを特定する特定班が最恐すぎた。
* * *
「本当に申し訳ないことをした」
突然頭を下げられても、ぼくは困惑するばかりだ。
そうでなくともアスタリスクがぼくだってバレて、脳内ではパニックを起こしているのに――どうして藤村くんが謝罪しなければならないのか、一も二もなく主語がほしい。
「御門、いや、アスタリスクよ。お前をチーターだと通報したのは、この俺なんだ」
「――うん?」
「当初はちょっとした憂さ晴らしのつもりだった。いつまでも俺の頭上に君臨し続けるアスタリスクという存在が煩わしかったんだ」
藤村くんは頭を下げたままで、懺悔を続ける。
「で、通報しようと思った途端に憎しみが増して、どうせなら、と――」
「どうせなら……ともえに、アスタリスクに何をしたの?」
ぼくの代わりにつかさが訊ねた。
「通報内容、総文字数五千以上書いて、運営に送信した」
短編小説か!
とツッコミたい気持ちを必死に堪えたけれど、限界だった。総文字数五千って聞かされたら駄目だった。五月雨刹那先生の本領発揮しちゃってるじゃん。
そりゃあアングラとはいえ物書きなのだから文章に説得力も出るでしょうよ。出ちゃうでしょうよ。――才能の無駄遣い感が尋常じゃない。その熱意を少しでも自作小説に向けていれば、ブックマークも増えるでしょうに。
ブックマークしている側だからこそ、くだらないことをするより小説の続きはよ、と言ってやりたい。うっかりハマってるじゃん、ぼく。




