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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
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#4 何処にでもいる、そういう人間


 最後列に並んで待つこと数分、ぼくの前にいた男子生徒の受付が終わり、ようやっと順番が巡ってきた。


「次のひとー。ええっと、名前を教えてくれる?」

()(かど)(とも)()です」

「御門さんね。ちょっと待ってて?」


 案内係の腕章を左腕に付けた女生徒は、何の迷いもなく、それが当然の行いだと言わんばかりに桃色の和紙で装丁された名簿を胸の前で開いた。


 両面を開いた和紙の装丁には、桜の花弁の模様が右から左に流れる。筆で書いた『新入生名簿〈女子〉』の文字も、止めと払いが忠実で美しい字だった。


 とはいえ、案内係の女生徒が持っている名簿は女子の名簿で、そこにぼくの名前が記入されているはずもなく――。


「ミカド、トモエ、ミカド、トモエ……あれ、名前がない?」


 ええ、だって男子ですから、とツッコミたい気持ちを咳払いで押し殺し、一呼吸。案内係の女生徒が持つ名簿を指し、「その名簿、女子の名簿ですよね」と確認を取った。言わずもがなだけれど。


 案内係の女生徒は表紙を閉じ、自分が持っている名簿が女子の物であることを目で確認する。そして、小首を傾げながらゆっくりと視線をぼくに移した。


「この子は何を言っているの?」と、案内係の女生徒の双眸が訴えてくるみたいでどうにも言い出せない。だが、ここで訂正しなければ、案内係の女生徒は、新しく『女子の名札』を作成し、親切心いっぱいに渡すのだろう。女子としてススガクの入学式に出席しなければならなくなるのだけは嫌だ。


「すみません。あの、男です」

「どの男?」


 そういう意味じゃない!


「ぼくが男なんです」


 口をぽかーんと開ける案内係の女生徒の反応は、(おおむ)ね正しい。ぼく自身、姿見で自分の姿を見ても、「ちょっとボーイッシュな女子だなぁ」悲しみと絶望を込めて嘆くほど、男らしいパーツなんて見当たらない。


 男っぽい服を選んでも、ボーイッシュで括れてしまうボーイッシュ系男子なのだ。


 おかしいな。ボーイッシュ系男子って、それはもう紛れもなく男子のはずだが、男子と認識されるには、身長と、筋肉と、変声期が足りない。変声期に関しては、訪れる兆しすら見えないのはどうして?


 近づけば遠ざかる月がうんたらかんたらって、誰だったかの曲の歌詞にあったような気がするけれども、ぼくの場合はそもそも変声期に近づいているのかさえ怪しい。同年代の男子諸君には、立派な喉仏ができ始めているというのに!


 もう女子に混じってソプラノパートを歌うのは御免なんだ。男子としての尊厳を奪われた感覚に陥って恥ずか死にたくなる。


「御門ともえさん、だよね? え、男子なの?」


 予想通りの反応に辟易しそうだ。


 期待に応えてくれたと前向きに受け取るべきかもしれないが、ぼくの性格上、そこまでプラス思考にはなれない。これまでが散々だったこともあって警戒心が強くなったのかもしれないが、それは兎も角として。


「男子名簿を見てください。御御御付(おみおつ)けの御に門前払いの門で『みかど』、明智光秀の智に田中角栄の栄で『ともえ』と書きます」


 我ながらわかりやすい自己紹介だなと思う。御御御付けの文字列は『御』が六割を占めていて間違えようがない。門前払いという単語を知らない者もいないだろう。田中角栄に至っては元内閣総理大臣である。


 女生徒は男子名簿に記載されている名前の羅列を上から順々に見て、「ほんとだ」と呟いた。


「……あ、もしかしてオトコノコ?」

「そう言ったじゃないですか」


 男の子という言い回しと言葉の響きに妙な引っ掛かりを覚えたけれど、まあいいだろうと呑み下した。


「そっかそっか、そういうことね?」


 納得した案内係の女生徒は、男子生徒に渡す青色の名札ではなく、何も記入されていない白の名札に、名前とクラスをマジックペンでささっと書いて、入学式の案内が入ったクリアファイルと一緒に手渡してきた。


「はいどうぞ」

「これは?」

「名札だけど?」


 いや、そうではなくて。


「どうして青じゃないんですか?」

「だって、オトコノコ、なんでしょう?」

「はい?」


 女生徒の説明を聞くと、ススガクの入学式は個人の主張を尊重し、男女に該当しない場合は白い名札を用意するらしい。で、ぼくを見て『男の娘』と勘違いした女生徒は、気を利かせて白の名札を用意したってわけだ。


 でも、仮にぼくが男の娘と書いて()()()()()だったとしても、渡す名札は青じゃないのか。


 個人の主張を尊重するのであれば、男の娘側が「白」と言わない限り、女子用の桃色、或いは、男子用の青色の名札を選ばせるのが妥当のはず。しかし、案内係の女生徒は有無を言わさず『白』を手渡した。いいや、それよりももっと前の段階で、彼女はぼくの性別を『女性』と決めつけている。個人の主張を尊重すると言っておきながら、性別を勝手に解釈しているのはおかしい。


「そんなに睨まないでよー。勘違いしたのは謝るからさぁ。入学式の受付なんて初めてで慣れてないのよ」

「気にしてませんから。あの、早く青の名札をください。時間かかると後列に悪いので」


 ぼくの背後にいる人が睨んでいるのか頸辺りが熱い。

 時折、「チッ」と舌打ちも聞こえてくる始末だ。

 多分、さっきの「お前、どこ中だよ」のヤンキーで間違いない。


 どこにいっても必ず()()()()()はいるものだから仕方がないとしても、ここで目を付けられたら堪ったもんじゃないぞ。


 名札と入学式の案内が入ったクリアファイルを受け取ってその場から立ち去ると、背後で「おせぇんだよ」と案内係の女生徒に文句を言う声が聞こえた。



 

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