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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
39/82

#39 燃え尽きた一等星を、彼らは追い続けていた


 藤村くんは天井の隅にある島根県の形にそっくりな染みを見上げ、鼻から大きく酸素を取り込む。


は溜め込んだ感情を吐露するように、はぁ――、凡そ四秒ほど時間を掛けて吐き出して、顔色が多少マシになった。


 そのままパソコンに向き合い、手慣れた動作でキーボードを叩く。エンターキーに恨みでもあるのかってくらい強めの、カタカタ、タンッ! だった。


はそのうち音を置き去りにしそうだ。それとも、達人でなければ見逃してしまうほどの、タンッ――、になるかもしれない。


 少し離れた位置からチャット欄を覗くと、クランマスターであるクラウディアに対して強めの口調で、『ちょっと黙っていろ』と命令。堪らず『……』と三点リーダのみで返答するクラウディア。ご愁傷さまです。


 画面を見つめた状態で、


「WOG内部で『サイレントエッヂ』の名前を見聞きした覚えはあるか」


 唐突に訊ねる。


「ないと思う」


 藤村くんのようにランキングを気にしてプレイしていたわけじゃないので、サイレントエッヂはおろか、クラウディアも、グリモワを辞めてから知ったという皮肉っぷり。


 他人に興味がなかったから仕方がない。ランキングを見て他のプレイヤーを気に掛ける余裕もなかったしなぁ。


「俺もないんだ」

「藤村くんが気にしてたのは上位ランカーだけでしょ」

「それもあるが」


 そこで一区切りし、氷が溶けて二層に分かれた麦茶を一口飲む。


「サイレントエッヂが所属しているのはどのクランだ?」

「銀星の矢、だっけ」


 銀星の矢と書いて『アルテミス』と読ませたいらしいけど、ぼくは断固『ぎんせいのや』と発音した。


 グリモワプレイヤーはどいつもこいつも拗らせすぎているのが非常に厄介だ。ネットで『グリモワ』と検索しようとすると、関連候補に『きもい』って出てくるくらい。


「銀星の矢は、それなりにはそれなりのクランで、そこそこの連中が集まっている。俺のように『ネームド』と呼ばれるプレイヤーもいるしな」

「なにが言いたいの?」


 いや本当に、彼は何が言いたいの?


「わからないか?」


 わかるはずがないだろ……。


 それなりとか、そこそことか、綿菓子かってツッコミたくなるほどふんわりした例えすぎる。


 極め付けは『それなりにはそれなり』ときたもんだ。もっと具体的に説明してくれないと――不満に思っていると、隣でつかさが笑いそうになるのを必死で堪えていた。


「ネームドが数人所属しているクランに所属しているにも拘らず、ランキングに名前が記載されていないのは不自然だと思わないか」

「ケンロー」


 つかさが挙手する。


「それってつまり、内通者くんが一度もバトルをしていないってことになる?」

「察しがいいな。そのとおりだ」


 そうなると、サイレントエッヂの異常さが目立つ。


 グリモワでは、一度でもバトルに参加すれば、強制的に、ランキングに名前が表示される仕組みだ。とはいえ、数十万もいるプレイヤーのランキングの最下位までを把握できるはずもない。


 ただ単に、藤村くんがサイレントエッヂの名前を見落とした可能性もある。


「それで?」


 続きを促した。


「俺は、サイレントエッヂこそがアスタリスクじゃないか、と疑った」

「……はい?」

「運営にアカウントをBANされたアスタリスクは、再登録できたもののバトルに参加できない状態にある。だとすれば、サイレントエッヂこそアスタリスクだと考えるのも不自然ではない」


 藤村くんの仮説は間違っている。

 アスタリスクはぼくだ。

 サトウタイチじゃない。


 だけど、方向性は面白いな、と思った。


 グリモワで名を轟かせた『アスタリスク』が、突如、運営にBANされて行方を暗ませた。何とか再登録は叶ったものの、ペナルティでバトルに参加できない。


 そういった経歴を持つアスタリスクならば、クランマスターの引く手数多だと考えるのも当然。自分がアスタリスクであると証明さえできれば、何処のクランでも所属することは可能だ。


 藤村くんの仮説は間違いながらも、筋だけは通っている。


「面白い推理だよ名探偵くん。いっそ小説家にでもなったほうがいいんじゃないか?」


 つかさが戯れる。


 藤村くんは自作小説を弄られたと勘違いして、「そうなれたらいいって思ってるよ、バカ!」と反論。ちょっとだけ肩が凝りそうな空気が緩和した。


「――だが、違った。ふとしはアスタリスクではなかった。しかし、俺の読みはいい線をいっていた」


 それは過大評価じゃないか?


「ふとしは、怠惰すぎるWOG運営に対抗するべく組織された『眠れる騎士(スリーピングナイツ)』の一員だったんだ」


 なるほど、と頷き掛けた首が留まる。


 仮にそうだったとして、サイレントエッヂは『銀星の矢』と『眠れる騎士』の二足の草鞋を踏んでいることになるのだが、それはグリモワのシステム的に無理な話だ。


 何故なら、所属するクランは一つだけと決まりがある。キマリは通さない然り、どう足掻こうともシステム自体を弄らない限りは不可能なのだ。


 それと、「すごいぞー、かっこいいぞー」って興奮しているところ大変恐縮だが、眠れる騎士って名前は初聞きで、『運営に対抗する』って一文にも「洒落臭い」って思ってしまう。


 運営に抗議文を何通送ろうとも、返信される内容はテンプレートの自動送信のみ。ソースはぼく。再三に渡って抗議をしたけれども相手にされなかった。


 とどのつまり、クラッカー集団でもない限り、眠れる騎士たちは脅威にすらならないのだ。


 それを理解した上で『運営に対抗する』と本気で謳っているのなら、早々にグリモワを辞めて他のゲームに移行したほうが賢明と言える。


「その、眠れる獅子、だっけ」

「眠れる騎士だよ、つかさ」

「ああ、そうそう。その、気触(かぶ)れた四季、とケンローの贖罪ってどういう関係があるの?」

「つかさ……まあいいや」


 ぼくもそこが気になっていた。


 いつの間にか話の内容が藤村くんの贖罪からサイレントエッヂの話題にすり替わっていて腑に落ちなかったのを、つかさがずばりと一刀両断。


 こういう場面でのつかさは頼りになるなぁ、と安堵しそうになるのを我慢して、今一度、緩みそうになった気を引き締める。


「言っただろ。眠れるし……騎士は、運営に対抗するべき組織された、と」


 つかさに釣られて噛んだけれど、コホン、咳払いで誤魔化した。


「入手していたんだ。眠れる騎士は、サイレントエッヂは――アスタリスクの情報を」


 おい運営、個人情報の管理はどうなってるんだ。 



 

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