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ぼくの恋愛に教科書は要らない  作者: 瀬野 或
一章 オトコオンナ
38/82

#38 凡庸な彼にはわからない


 藤村くんが首に下げる黒いヘッドホンからは、長さ一分半の『会館』のBGMが薄らと漏れている。


 クラン部屋の内装は変更できても、音楽までは選べない。いつかその機能も実装されるのかもしれないが、そこはグリモワ運営、一曲二百円程度をユーザーに支払わせるのだろう。


 パソコンの稼働音と、会館のBGMが、部屋の中で虚しさを奏でているようだった。


 つかさはじっと黙ったまま、「はて、ケンローはどうする?」と問うような目で成り行きを見守っている。


 キーボードの隣に置かれた氷入りのグラスが、カロン――、小気味よい音を鳴らしたのを皮切りに、藤村謙朗が重たげな口を開いた。


「クラウディアも知っていたのか。告げ口したのはふとし――サイレントエッヂだな」


 そもそもクラン部屋に入るためには、クランに入会するしかない。


 手続きはクランマスターに一任されているわけではなく、在団している誰かが承認すればいい。その場合は『仮入団』とされ、最終的にはクランマスターの入団許可を得る必要があるのだが、一時的にクラン部屋の入室を許される。


 現在、プレイヤー刹那が銀星の矢のゲストルームにいるのも、サトウタイチことサイレントエッヂが許可したからだ。


 刹那のプレイヤー名の横にクランマークが付いたことを鑑みると、先のやり取りで銀星の矢の入団が決定されたと見て間違いない。


「まったく、何処でそういう情報を仕入れてくるんだ」

「どうでもいいから質問に答えてよ。贖罪って何のこと?」


 二人の間に生じた問題は、ぼくらが藤村くんの部屋に訪れる前に解決されたと考えるべきだ。


 帰り際の食堂で、つかさがスマホを見て何やら呟いたのも、藤村くんから送信されたメッセージを読んでのリアクションだったに違いない。


 どうしてつかさにだけ送ったのかは、雲然くんが言った『贖罪』に起因して――つまり、ぼくに対して後ろめたいことがあった。


「今日は右手に巻いてないんだ、あの鎖」

「……」


 藤村謙朗がいつも右手に鎖を巻いていたのは、単純に、そういうファッションをしたアニメキャラがいて、そのコスプレをしていると思い込んでいた。


 付けているうちに気に入ってしまった感もありそうだけど、鎖を巻いたきっかけはファッションでも何でもなかったはず。


 グリモワには、相手の行動を一時的に封じる手段が二つある。一つは麻痺効果を持った武器や魔法での攻撃。もう一つが、マップでランダムドロップできる『チェーントラップ』である。


 魔法や武器と違って罠は使い勝手が悪く、アイテムストックにトラップを入れておくよりも回復薬を選ぶプレイヤーが殆どで、トラップ自体が重要視される場面はほぼ皆無だ。


 それもそのはず、トラップを仕掛けて相手を誘導するよりも、魔法や投擲武器による麻痺攻撃をしたほうが手っ取り早い。


 トラップ設置中はそれ以外の行動を制限される。そのため、一分一秒を惜しむ戦場でわざわざ相手に隙を見せるような行動はしたくないのがプレイヤー心理。


 不要ではないか? と散々苦言されているトラップの中でも、一応、強力なトラップが存在する。――それが『チェーントラップ』。


 比較的設置時間が短く、自力で解除するか付近にいる味方に解除してもらうしかないので、拘束時間は麻痺効果よりも長い。


 無論、罠外しの技能もあるけれど、三つしか組み込めない技能ストックに『罠外し』を入れるプレイヤーなんて、ぼくくらいなものだ。


 見せびらかすかのように右手に鎖を付けていた本当の理由は、そのチェーントラップを模していたと考えれる。


 グリモワプレイヤーはロールプレイに走りがちだし、ゲームに登場するアイテムを現実に取り入れたくなるも道理。ならば、右手に巻いていた鎖だって何かしらの意図がある。


 そして、今日、その鎖を外してぼくの前にいるのも、自分が科した罪に決着を付けるためなのではないか。――ただ、腑に落ちない点がある。


 ぼくには『藤村くんから直接的な被害を被った』という自覚がない。


 二人の口喧嘩騒動に巻き込まれたのは被害と言えなくもないが……いいや、これは明らかに被害だと断言してもいいけれど、じゃあ、そこまでめくじらを立てる必要があるか? と問われれば、ぼくは頭を振って否定しよう。 


 ということは、今回の件とは別ってことだ。



 * * *



「ケンロー」

「あ……ああ、わかってる」


 あまりにも沈黙を続ける藤村くんに痺れを切らしたつかさが、咎めるように藤村くんの名前を呼んだ。


 二つある声帯――ぼくが勝手に思っているだけ――の内、男性用の声帯は低域から中域で、切れ長の目で低域の声を出すつかさは超怖い。堪らず声を発した藤村くんも、超怖いって思っただろう。


「贖罪だか何だか知らないけどさ、ともえに言うべき言葉があるだろ」


 おお、これにはさすがのぼくもバビる。バビるって今日日聞かないけれど、もしかして死語った? 死語るなんて造語は知らない。


 気を紛らわすようにパソコンの画面をちらと見ると、チャット欄にはクラウディアこと雲然くんの発言がずらりと並んでいる。


 雲然くんは此方(こちら)の状況を把握したいようだが、発言は二分前で止まっていた。


『沈黙……修羅場ってところか』


 クラウディア、うっせぇわ。



 

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